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「雪国」川端康成で、不思議な幻想的体験をしたことがありました

 往診で巡る故郷の街も、嵐模様となりました。日本海から吹き付ける風と雨は、海岸の土手を越え、頭上から吹き降ろすようです。道路には人影が全くありません。東京と比べて、何か不思議な世界に紛れ込んだような感じもします。同じ雨風でも、どこかちがっています。湿度の違いでしょうか? 渦巻く風の吹き具合でしょうか? 水溜りの水をはねながら、小道を巡り歩きました。くすんだ街並みや枯れ草の中で、神社の朱色の階段の手摺の色が、鮮やかに浮き上がって見えます。お年寄りが横たわる部屋に、突然猫ちゃん飛び込んできたりして、驚かされました。障子の穴が、猫ちゃんの出入り口になっていたんですね。往診道具が珍しいようで、じゃれついてなかなか離れません。

 少々話が飛躍します。

 かつて、高校生のころ、窓ガラスの外につららが下がった部屋で、国語の参考書に抜粋された川端康成の「雪国」の冒頭部分を読んでいたことがありました。そのとき偶々父が、越後湯沢にスキーに行こうと誘いました。ーースキー場に着いたとき、先ほどまで読んでいた「雪国」の情景とそっくりだと、感慨深く感じたのを、近頃しばしば思い出していました。スキー場の照明も素朴で、なんとなく幻想的でした。チェーンも付けないで運転する父の車は、まるでスキーをしているように雪道を滑って、それで家族も楽しんで歓声をあげたりしていました。湯沢駅に現れる駅長さんも、小説そのものの人だったと思います。清水トンネルに列車が入るとき、蒸気機関車の煙が入らないように、慌てて窓を閉めたのも思い出します。確かにトンネルは国境でした。トンネルを抜けて、急に真っ白になった情景に、車内で歓声が湧き起こるのもしばしばでした。

 最近の湯沢に降りても、私はあの感興をほとんど覚えません。当時は、スチームのきいた列車の中で、たしかに曇ったガラス窓に、女の人の眸が夜光虫のように妖しく光った驚きはあったかもしれません。しかし、時間の流れと時代の進展は、こうも情緒まで変えてしまうものかと驚かされます。

 やはり最近でしたか、三島由紀夫の「金閣寺」を携えて、京都の京極辺りの描写と現在を比べてみたことがありました。そのときにも驚きを感じました。質素な市民や軍人の姿が行き来する情景などからは隔たった今の雑然とした繁華街に、これほど変わるものかと呆然となった記憶は焼きついています。

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