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版画家「清宮質文 せいみやなおぶみSeimiya Naobumi」木版画作品・NHK日曜美術館ーー魂に語りかけようとした画家「清宮質文」ー心象風景画像の清宮質文独特の木版画-美術エッセイ

 この六月二十一日にNHKの日曜美術館で放送された版画家、「清宮質文 せいみやなおぶみ」を見て、懸命に人の心に語りかけようとして一生を捧げた画家の気魂を感じさせられました。

清宮質文の参考書籍

 ほとんどアトリエで仕事に打ち込んだまま過ごした画家の、その木版で心を伝えることにもどかしさを感じ、悪戦苦闘してきた人生が番組全体からよく伝わってきました。

 清宮自身は、それを「お化け」という自分の言葉で語っていたそうですが、それが、芸術家として人の心に語りかけようとする言葉だと、はっきり実感していた画家だったのだと思いました。

 さてそれを自覚したところで、表現によって伝えることの困難と恐さともどかしさを、より身に染みて悟っていた画家だったことも伝わってきます。

 細い道の果ての薄墨色の空で、謙虚な閃きを放つ花火の作品は胸に響いてきます。もどかしげな分、より深く伝わってくるのかもしれません。

 過剰を押さえた木版の表現には、余計なものをそぎ落として、その思いを伝えようとする心の言葉が滲み出しています。そして、命を終える前日まで創作に打ち込んだ生き様も、その思いを何倍にもして語りかけてきます。

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「文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

こんにちは

読んでいて、短歌の世界にも通じるものを感じました。特に
「表現によって伝えることの困難と恐さともどかしさ」
ですね。
短歌も創作であり、表現方法の1つだと思うからです。
それと、
「余計なものをそぎ落として、その思いを伝えようとする」
も似たものを感じます。
短歌は31文字までですので、
表現したい事を凝縮するか、
表現したい内容の一部を切り取るか、なのです。
その作業は楽しくもあり、苦しくもあり、短歌に夢中になる1つの要素となっています。

でも、芸術家の作品は苦悶までも美しく昇華しているような気がします。

YUJINさんも大変なのではないですか?

投稿: 由良 | 2009年6月27日 (土) 09時24分

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