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メキシコ美術・NHK日曜美術館「アイデンティティを求めてー20世紀のメキシコ美術」-ポサダ、リベラ、フリーダ・カーロ等を通してー詩人オクタビオ・パスの言う「他者性」の発見

NHK日曜美術館「アイデンティティを求めてー20世紀のメキシコ美術」-ホセ・グアダルーペ・ポサダ、ディエゴ・リベラ、フリーダ・カーロ等を通して

 20世紀のメキシコ美術にはとくに詳しくはありませんでしたので、今回の放送はとてもインパクトのあるものでした。

 民衆の眼差しから、メキシコのルーツを追及し続けたリベラの油絵から、死と生の親密かつ相反しながら存在する、メキシコ人のアイデンティティを強く際立たせる大壁画の数々が、中心の流れを成していたと思います。

 そこには、ヨーロッパ美術の流れを超越した、例えばゴーギャンの異国趣味などよりももっと力強く親しみのある作品さえ感じました。リベラがいったんパリに留学し、故郷に戻って発見した異国性の説得力によるのかもしれません。

 生と死との観念にせよ、征服に対する苦しみ、たえざる移民の流入と流出、貧困と疫病に対する苦悩など、揺れる民族の思いを伝えるコミュニケーションの手段が、言語よりもこれらの絵画のイメージがより大きな力を持っていたという指摘には、興味深いものを覚えます。大壁画に表された「メキシコの歴史」や、ポサダの版画に源を発する生と死の舞踏などは、メキシコ人としての自覚の物語に、深く組み込まれているにちがいありません。そうして内面を追求していったときに、詩人のオクタビオ・パスが指摘したようなアイデンティティの「他者性」に到達する複雑さがメキシコ社会の根底にあるのかもしれません。

 今回の番組は、メキシコ人の内面を、美術を通して強く訴えかけてくるものだったと思いました。

 東京をはじめ、ニューヨーク、パリなど、大都市ではどこでも見かける若者の壁面への落書きは、違法として敬遠されがちですが、メキシコでは、このグラフィティがむしろ積極的に受け入れられ、依頼さえあるというのは驚きでした。それがまた社会の強いメッセージの手段として受け入れられているところに、コミュニケーションの新しい発見を見ることもできました。

メキシコ美術の本

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