英 一蝶(はなぶさ いっちょう Hanabusa Ichou)--島流しの刑にも耐え、元禄の江戸に返り咲いた吉原の粋人画家・宝井其角とも親交のあった俳人・文人画家
英 一蝶(はなぶさ いっちょう Hanabusa Ichou)--島流しの刑にも耐え、元禄の江戸に返り咲いた吉原の粋人画家・宝井其角とも親交のあった俳人・文人画家
最近展覧会のあった、元禄時代に江戸、吉原を中心に活躍した画家・英 一蝶の生き様に感銘を覚えました。
吉原の座敷で幇間(ほうかん 太鼓持ち)として人間の機微に通じて活躍していた一蝶は、宝井其角とも親交が篤く、俳句を詠んで文芸にも通じていました。狩野派の厳しい画法を学んだ一蝶は、やがてその枠に収まらなくなり、飛び出して独自の風俗画を展開していきます。民衆の生活の一断面をユーモラスに生き生きと捉えた作品が次々に描かれていきます。
菱川師宣を越えようという意気込みが、若いころの手紙からは窺えます。「朝妻船」などの唄も大流行し、白拍子の絵も歌詞とともに描きました。
そんな一蝶を襲った最大の危機は、四十七歳のとき、時の将軍綱吉の「生類憐みの令」を揶揄したというほとんど濡れ衣の罪で流刑に処せられたことでした。
江戸から百八十キロ離れた三宅島の阿古地区に流された一蝶は、それでも半年後には、他の島の神社からの依頼に応じ、絵を描き始めます。江戸で名を馳せたこの画家を、新島の梅田家は庇護するようになります。流罪の身ながら、こうして一蝶は、足掛け十二年を生き延びることが出来、苦境の中でも「四季日待図鑑」などを物します。
御赦免を得て江戸に返り咲いたときには五十八歳になっていました。英一蝶という名前も、そのとき銘銘したものです。そこから七十三歳で亡くなるまで活躍したのですから、大変なものです。
最近知ったこの画家を、もっと好きになりそうです。その生き様と闊達な描写から、より有名になっていく画家だとも思いました
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