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「黒蜥蜴(くろとかげ)」三島由紀夫の演劇を初めて見たときの日記をみつけました。:美輪明宏(当時丸山明宏)主演

「黒蜥蜴(くろとかげ)」三島由紀夫の演劇を初めて見たときの日記をみつけました。(昨日の記事に関連して探してみました)
昭和44年10月23日木曜日、小生まさに二十歳のときでした。今から読むと、全く他人の青年の日記を盗み見るような興味と新鮮さも覚えます。不器用に、それでもけっこう一生懸命に考えようとしていたんだという気にもさせられます。今に至る芽がこのころ既にあったのだという発見もあります。ともかくその一部を引用してみます。

「三島由紀夫のあの「黒トカゲ」。黒トカゲと明智探偵との悲痛で皮肉で、最も烈しい恋、犯罪者とそれを追う探偵との大きな賭け、全生命をかけた大きな賭け、心の奥底、心の芯から揺らすような大きな賭け、それが二人の心を完全に一つにしていた。彼らは追うもの追われるもの。心の中では二人の考えは全く共鳴し、激しく鳴り響き、完全に一体となっていた。激しく愛し合っていても、お互い愛を告白し妥協することはすでに、自分自身の破滅を意味していた。その苦痛のはてに黒トカゲが明智を殺そうとする。その行動自体黒トカゲにとって自分自身を最も楽にする方法であり、愛の苦しみから逃避したことなのだ。愛は苦しくせつない。ある意味で、愛に完全に身をまかせることは自分の破滅を意味するのだ。愛していても、それが正当に受け止められなければ、この世にいながら、すでに地獄の苦しみを味わう。黒トカゲの場合もまさにそうだった。彼女が明智を愛していても、その愛を正当に明智にとらえてもらうことはできない。彼女はその極限を知って苦しみ、その苦しみ故にますます彼に対する恋は募った。それはもはや苦しみの終点つまり地獄だった。彼女にとって残された道は、明智を殺すこと、それしかなかった。しかし彼女は明智を殺すつもりだったが、彼のからくりで、彼はうまく逃げて変装し相変わらず彼女のそばにいた。最後に彼女が明智の生きているのを知ったとき、彼女はもう、自分を破滅に導く以外手はなかった。明智は、彼女が自分を愛しているのを知っていた。そして二人は愛し合っていた。しかし、二人の間には、法律という大きな壁が立ちはだかっていた。黒トカゲは死ぬ以外、自分の恋は成就できなかった・・・」

 日記の抜粋ですが、ある驚きに触れた青年の心が直に伝わってくるような気はしませんか?

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