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「いき」の構造(九鬼周造)を読む愉しみ

 Photo 最近、一線で活躍する建築デザイナーたちの展覧会で、心に残る名著を三作ほどあげて陳列する企画がありました。何気なく眺めていると、複数の人が同時に推薦している著作がいくつかあるのに興味を覚えました。

 谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」と並んで、九鬼周造の「いき」の構造がありました。建築デザインに携わる人が最も推す本としてなるほどなと思いました。

 寒暖の差の激しい今日この頃、久しぶりに暖かな休日に、この名著に読みふけるいっときを過ごすことが出来ました。

 「いき」というのは、日本人ならば誰でもおおよその雰囲気は思い描くことが出来ると思います。九鬼はまず、この「いき」という言葉に含まれる意味が、きわめて日本固有のものであることを、仏英独語などと対比して、言語的に示してみせます。その言語学的に明晰な分析には引き込まれます。この書が、フランスにて執筆されたとのことで、合点がいくところがありました。異国の地だからこそ、これだけ明瞭に日本語にしかない意味を外国語から際立たせることが可能だったのかもしれません。それは最近一世を風靡した言語学のはしりのような感じもして、慧眼の学者の予感を読むような気もしました。それから多分に現象学的な発想や生の哲学に基づいた考察も感じられ、現代に通じる多くの萌芽が含まれているところが読み継がれる名著の所以なのかもしれません。

 それでは「いき」が内包する意味はどうかというと、九鬼は「媚態」と「意気地」と「諦め」という大きな三点をあげて、展開していきます。このつながりと展開の鋭さは独創的で、その着眼点の興味深さがこの名著の変わらぬ魅力なのかもしれません。特に言語学的、哲学的な冷徹な分析と、艶のある文学的境地や、江戸文化の中で広く深く育まれた日本固有の繊細な感覚を徹底的に結び付けてみせたところに最も大きな成果があったのだと思いました。

「人間」が住まう家をデザインする人の多くがこの書に惹かれるのも、その辺にあるのではないでしょうか。

 書の最後に、九鬼自身の言葉で、「いき」についてまとめたところがあります。やや難解ですが引用しておきます。

 運命によって「諦め」を得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが「いき」である。人間の運命に対して曇らざる眼をもち、魂の自由に向かって悩ましい憧憬を抱く民族ならずしては媚態をして「いき」の様態を取らしむることはできない。

 

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