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小説「孵化」のフランス語への翻訳が始まりました

小説「孵化」のフランス語への翻訳が始まりました

 マリー・パラ・アレド(Marie Parra-Aledo)氏の二十年に渡る日仏現代美術の交流をまとめた本に、拙作「孵化」の冒頭部分がフランス語に翻訳され紹介されました。
 氏とは三十年余りに渡って「パリ東京5人のアーティスト展」、「今日の美術を考える会」はじめ、美術文化交流の仕事をしてきました。
 今回、2009年に発行した絵と小説で構成した画本「孵化」が氏の目に止まり、翻訳の運びとなりました。
 このたびは冒頭部分のみのご紹介となりますが、この夏以降全体の翻訳に取り掛かると、氏が強い意欲を示してくれているのが大変心強いです。詩人でもある氏のフランス語に翻訳された小説をご堪能下さい。
 冒頭部分を、原本と同時に掲載します。

Éclosion, nouvelle, 2007, texte et tableau
Koyama Yûjin et Aruto,

Traduction,Marie Parra-Aledo

Je ne pensais pas souffrir autant, être mentalement à ce point
démoli, je devrais plutôt dire. Et cet état, c’était lui qui en était la
cause. Je devrais même dire exactement que toujours et de cette
même façon c’était lui qui me retournait toujours le ventre.
Il y a longtemps, au lycée, il était déjà là que l’on voyait comme
un petit génie et il était là, jetant sur moi son ombre noire. Là, à
pleurer sur ses origines sociales et sur cette énergie qu’il ressentait
accumulée en lui, de génération en génération, avec une angoisse
qui lui devenait insupportable. Ce qu’il voulait et que personne ne
soupçonnait, c’était faire bouger les gens, faire monter la pression
dans leur sang comme l’artiste fait voler son énergie dans la folie
de sa toile jusqu’à ce qu’elle se propage dans l’air. À cette époque,
mon savoir et ma curiosité n’étaient que superficiels. En définitive,
qu’étais-je pour lui, si ce n’est une connaissance qui ne tenait pas à lui.
Ce fut un délire monstrueux. Je crus vivre au coeur d’un cyclone, me
croyant pris dans le cauchemar depuis dix jours alors qu’il ne dura
peut-être pas plus de quelques heures. Je touchais le fond de la plus extrême
violence. J’essayais de m’arracher à ce cauchemar où il me semblait
percevoir quelque chose de temps en temps, lui avec une femme.
Et lorsque j’arrivai à dormir, jamais je ne fus tant tourmenté
par des rêves. Parfois, je me voyais en une fraction de seconde
me rapetisser à l’infini. Les ténèbres m’engloutissaint et je remontais
le cours des temps en tourbillonnant. Je me trouvais
alors impuissant et dans un état quasi végétatif. Cet homme
manipulait les illusions mais il avait réussi à travailler. J’aurais
dû me méfier de lui. À présent, il n’y avait rien à regretter.
Après avoir été baigné dans cette étrange et éclatante lumière, je
voulais conserver mon apparence physique. Ce n’était plus qu’une
question de temps. La fin arriverait quand le dernier de mes neurones
claquerait. Jour après jour, je vivais dans un malaise et un sentiment
de panique. Personne ne comprenait mon incapacité. Moi, ne
faisant que me lamenter et me sentir bon à rien

「孵化」、2007年、小説の抜粋と絵画
             小山右人と有人

私の精神が、ここまでやられるとは思わなかった。
完膚なきまでに狂わされたと言ってもいいだろう。
それも、あの男のせいだ。彼が例の変てこな腹を炸
裂させたせい、と言った方が正確かもしれない。
なにせ、何十年に一度の秀才と、高校では皆に崇めら
れながら、一方であの男は、その眼でたえず自分の裂
け目を見詰め、ついに家系の奥底に悲嘆の叫びを聞くに
至り、代々鬱積した全エネルギーを爆発させたのだか
ら、たまったものではなかった。世の中に人の気を揺さ
ぶり、狂ったように絵を描きまくらせたりする妖気が
人の血にふいに凝縮したり、時には空気中に怪しく揺
らぎ繁殖の機会を窺っていることなど、私も含めて誰
も知る由もなかっただろう。そんなところへ、私は生
半可な知識と好奇心で近付き過ぎてしまったものだか
ら、たまったものではなかった。ひどい錯乱だった。
私には十日も嵐の中にいたように感じられたが、彼と
女が、極限に達していた悪夢の源を臓腑の奥から絞り
出そうと、激しくもつれ合う姿が時々目に入ったから、
実は数時間の出来事に過ぎなかったのかもしれない。
しかし、どんなに寝苦しい夜にも、自分が瞬時に
一兆分の一にまで縮んで闇に吸われていったり、
グルグル回転してひたすら進化の道を逆さに転落
し、ナマコのような生き物になってしまう呪縛に
苛まれる夢などを次々に見たことはなかった。
あの男は、夢の法則を越えた幻を操り、生活の糧を得る
ところにまで達していたのだから、私はもう少し用心す
べきだった。しかし、もはや後悔しても始まらない。
あの怪しい閃光の炸裂を浴びてしまった後、私はかろうじ
て外側だけは自分を保っているつもりだが、それさえ覚束
なくなるのも時間の問題だろう。そうだ、かろうじて残っ
た最後の神経線維がプツンと切れてしまったらおしまいな
のだ。あれ以来、ただでさえぐうたらな生活を送っている
私に、周りの者たちがどんな冷ややかな眼を向けることに
なるか。私は不安に脅え、もう誰も理解してくれない不甲
斐なさを嘆くばかりの日々が続いている。

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YUJIN KOYAMA BLOG

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青木繁記念大賞西日本美術展に拙作が入選しました

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青木繁記念大賞西日本美術展に拙作が入選しました。

 久々に公募展に挑戦してみました。登竜門として難関なだけに、入選の知らせを受けてとても嬉しいです。今回は、九州新幹線・久留米駅開業記念も祝して開催されるとのことで、さらに幸運に思います。
 福岡県久留米市の石橋美術館にて下記のとおり開催されます。近くまでお出掛けの機会がございましたら、是非ご覧ください

2011年7月2日(土)~7月31日(日)
石橋美術館1階ギャラリー
10:00~17:00(入館は16:30まで)月曜休館*ただし7月18日(月・祝)は開館
福岡県久留米市野中町1015 TEL0942-31-8710
入場料 一般200円 高・大生100円

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彫刻家 保田春彦 生老病死 NHK日曜美術館

彫刻家 保田春彦 生老病死 NHK日曜美術館

 保田氏は元々、主に金属の屋外オブジェを作る彫刻家だった。
 それが、愛妻の死や、自らの脳梗塞の発症などを契機に創造性がさらに高められ、芸術的変遷や深まりが格段に増していく闘いぶりが人生の経過とともに語られ、感銘深かった。
 重大な喪失を機に、普通なら深く落ち込み創造力も萎えるかと考えがちだが、保田氏は「風立ちぬ」とむしろ奮い立ち、大きな芸術的転機さえ迎えるのです。
 金属のオブジェ作家だった氏が写実の原点に立ち返り、猛烈に裸婦のデッサンを描きまくったり、闘病する自画像を描いたりします。
 また、芸術家だった妻の遺作に強いインスピレーションを受け、柔らかく温もりのある木彫の家を作ったり、彫刻の劇的な変化も見られます。
 それらには創造者の魂が人生の難局に直面するたびむしろ深い陰翳と優しさを帯び、濃い艶を内側から発し始めるのを見る思いです。
 創造の魂を持った者は、最期の瞬間に至るまでその心を失わないどころか、老いと死に向かっての宿命的な転機の中で、さらにその魂の新たな面が目覚め磨かれていくのを身をもって示した名番組だったと思います。

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最近見たテレビ番組、「美の巨人たち」(テレビ東京)で出会った絵画の印象:絵画鑑賞:有名画家の名画鑑賞

ルネ・マグリット「ピレネーの城」

マグリットの仕掛けはすでに有名だけれど、改めて並べてみると、よく考えられた仕掛けだと、興味深く見てしまいました。
 とりわけ今日の主題の「ピレネーの城」が、彼が幼いころに親しんだ砕石場と結び付きがあるのではという話には引かれました。誰でも画家は、常に幼いころの思い出や印象に立ち返るのを繰り返しているのではないでしょうか。
 彼の場合、それが砕石場だったというのは、新鮮でもあり、いかにもマグリットらしいと思いました。
 マグリットが若き画家たちと語り合ったというブリュッセルのカフェが紹介されていましたが、様々の絵やオブジェがあふれ返った古い店内はなんとも魅力的。カフェには目がないぼくは、強く憧れてしまいました。東京にはこんなカフェはないのかな? 
 かつて金沢で、五木寛之氏がデビュー作の小説を書いたというカフェに行ったことがありましたが、あそこには古い噴水があったり、温もりのあるアーチ形の壁など、落ち着いた雰囲気でした。
 以来無意識に似たようなのを探していますが、未だに出会っていません。どなたか、機会があったら教えて下さい。

ゴッホ「カラスの群れ飛ぶ麦畑」

ゴッホが自らの腹をピストルで撃って亡くなる二週間余り前に描かれたという作品。単純な麦畑の絵などではない、そこに秘められた深い意味が読み解かれていきます。
 ゴッホ自身が秘蔵する版画の中に、葬列が進む麦畑の作品があり、またキリスト教社会では麦を刈ることが死を意味することから、自らの死を仄めかし予感させるものではないかという話もありました。
 小林秀雄はこの絵を前にして、これはもはや絵ではなく破壊だと言ったそうですが、やはり末期の雰囲気を感じ取ったのかもしれません。
 麦の穂のざわめき、群れ飛ぶカラス、途切れた道など不穏を感じさせないものはありません。画家の最晩年の心境をじっくり見る機会となりました。

竹久夢二「黒船屋」

恋多き画家の美人画の代表作。竹久夢二の黒猫を抱いた絵はたくさん見たことがありあすが、この絵は初めてでした。期間限定で公開されるのみとのこと。素晴らしい作りの和室の床の間に飾られている絵は、それだけでも殿堂の奥深くに大切そうに蔵われている雰囲気を放っています。
 恋物語と一緒に由来を語られる絵は、よく見かける氏の絵よりも確かに一段の厚みが感じられます。
 ぼくの周りにも恋多き芸術家はゴロゴロいますが、残念ながら「竹久夢二」はいません。その差はどこから来るのでしょう? ちょっと考えさせられるよい機会となりました。みんなあと一歩という感じはするのだけれど、花開くまでには至っていません。芸術の甘い雰囲気(本当はそんなに甘いかな?)に酔うだけで満足しているのか、創造の孤独に耐えられず逃げているだけなのか、時代に会えず不遇の身に甘んじているのだとぼやき続けるばかりなのか……。歴史的な画家たちの物語と比べて見ると案外面白い糸口が見えてきそうな気がします。

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五百羅漢展 狩野一信 絵画鑑賞:有名画家の名品鑑賞

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 これは驚きを越えて、もう美術的な大事件だ!
 増上寺秘蔵の五百羅漢図を一挙公開。よく戦火をもくぐり抜け、これだけの名品を保管していてくれたと感激です。
 細密画の羅漢図には圧倒されて、七月三日までの会期中に、時間を見てできるだけ足を運びたいと思いました。
         江戸東京博物館

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作品完成のとき:うちの猫の評は?

作品完成のとき:うちの猫の評は?

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                                     なんだ、この絵は……!?

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                                        さっぱりわかんニャー

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キャンバス下地作り:幻想絵画、細密画のための:絵の描き方の基礎

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幻想絵画・細密画のためのキャンバス下地作り

 キャンバスの下地作りから再出発です。新たな作品への長い旅路の始まりです。
 ぼくの下地作りは何色もの色素を塗り重ねては削っていく作業の繰り返しです。プロの画家にはこの手法が大変興味深いらしく、個展の際に尋ねられたり、細かく観察する人の姿をよく見かけます。しかし、込み入った手法はなく、要するに自分の雰囲気が出るまで手間暇を惜しまないで重ね、引っ掻き、削っていくだけです。
 その後、細密画も描き易いようにヤスリで平坦に削ってゆきます。
 さて長い過程を経てどんなイメージが湧き、どんな作品に仕上がっていくでしょうか?
 折に触れてご紹介してゆきたいと思います

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