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萬年甫先生逝く

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 私の絵画の深い理解者だった脳神経解剖学・生理学の名誉教授、萬年甫先生が、昨年末に逝かれた。
 先生とお会いしたのは、医学生のとき、人体解剖学の講義と実習を通してだった。学問に厳しさと誇りを持って臨んでいらっしゃる颯爽としたお姿は、常に印象的だった。当時の精密な神経学の講義のノートは、今でも宝物になっている。
 峻厳な先生と私が初めてお近づきになれたのは、解剖学の実習で、私が人の脳を描き止めているときだった。先生は私の手元をご覧になり、「ほお、きみには絵心があるね」とおっしゃり、私が描いた紙片をそのまま持っていかれた。私には、何にも代え難く光栄なことに感じられた。
 それから実習の打ち上げなどで、いかに先生が絵画に造詣が深く愛していらっしゃるか知ることとなった。若いとき、フランスへ留学中に日本の有名画家Uを診察する機会があり、デッサンをもらい損ねたエピソードや、脳神経学権威で俳画、日本画の腕も卓抜なN教授から認められた証しとして絵を贈られたお話などを熱く誇らしげに語られた。講堂での厳しさとは異なった先生の情熱的なお姿には感動を覚えた。

 萬年先生から私の個展にご来場いただく機会が始まったのは、十数年前にART BOXマスターズ大賞展で受賞し、その記念の展覧会が六本木で開かれた折からだった。先生のような方から初日のオープニングにご来場賜りたいそう恐縮したのを覚えている。先生は終始気さくに心から楽しんでいらっしゃるご様子に、私もずいぶん心和むことができた。
 それから個展を開催するたび、先生は必ずご来場下さった。今にして思えば、私の絵心への深いご関心と、作風の変化にどれほど熱いご興味を抱いていて下さったか、その格別さに改めて感謝を覚える。そして偉大な私の理解者を失ったという空虚感が、思ってもみなかったほどぽっかり大きく抜けて感じられる。
 先生は画廊でゆっくり過ごされ、存分に拙作をご堪能下さった。お話は、翻訳中の専門書のことから、絵から受けたインスピレーションのことまで多岐に渡った。恐縮している私の前で、小じんまりした画廊の雰囲気に和まれるご様子で、私もいつか豊かな寛ろぎに引き込まれた。
 私が主に沖縄で得たイメージで描いていた折りには、八重山諸島まで足を延ばすとよいと、強く勧めて下さったことがあった。さっそく石垣島、西表島などへの旅を計画し、さらにイメージを膨らますことができた。先生の穏やかなアドバイスは、私を大きな力で突き動かし、創造のきっかけを発見させる機会ともなった。
 特に先生の感慨深いお話は、「私は人生の最後に、一本の太い樹を描きたいと思っているんですよ」というものだった。それは先生の多くの思いが籠った人生の逞しくゆるぎない樹であることに違いなかっただろう。学問一筋に厳しく貫かれた先生の太い人生の流れを見たような気もした。そのお話をなさったとき、とりわけ遠くに思いを馳せるような眼差しで、気持ちを込めた声で語られたのが印象に深く焼き付けられた。それが、先生の私の個展へのご来場の最後ともなった。
 太い樹を生き切った先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
                   Yujin

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