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最近感動した美術番組の覚書:「アンリ・ルソー」「ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ」「円空」

 最近感動した美術番組の覚書をまとめて、今年を締めくくりたい。

「アンリ・ルソー」:〈美の巨人たち〉
 嘲笑の的の素人画家が、神秘の絵で人々を沈黙させた瞬間。その絵が「蛇使いの女」だった。この作品が、なぜ人々をそれほどまでに圧倒したか?
 技法の分析はともかく、画家の魂が乗り移ったことが根本にあるのだろう。それは、どんな現象か? 妻や子供の多くを失い、貧困のどん底にあったルソーが、祈るように最後の力を振り絞り、絵に全てを委ねたとき、そこに、此岸と彼岸との交流が生まれたにちがいない。それは、かつて到達したこともなかった境地だった。
 そこには天上の静まりがあり、濃密な夜闇の沈黙が支配する。それを見た者は畏れに立ち尽くし口をつぐむ外ない。画家は導かれるままにその情景を描いたのだ。

「ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ」:〈美の巨人たち〉
 ローマは彼のためにあると、庇護者の教皇に言わしめた四百年前の天才彫刻家。その最高傑作「アポロンとダフネ」は、ボルゲーゼ美術館にある。
 生きて動き出しそうな大理石像は、アポロンに追い詰められたダフネが、まさにオリーブの樹に変身し始める瞬間を描き出している。神話物語のクライマックスである。
 繊細なオリーブの葉一枚までの細密な彫刻に、作者の熱い心意気が籠っている。ダイナミックになびく衣は、光を透かすまでに極限の薄さに彫られている。
 物語の動きを最大限に表現しようとする発想と、その思いの熱さを極限の技術に賭けた、常人離れした集中力に深く打たれずにはいられない。その思いのまま四百年の間形を止めているのは、まさに奇跡だ。

「円空 飛騨巡礼の旅」〈NHK 日曜美術館〉
 六十四年の生涯に、十二万体の仏像を彫った類い稀な僧として知られる円空が、仏門に入ったのは、幼いころ故郷の長良川の氾濫で失った母の菩提を弔うためだった。今回は、アメリカ人の東洋文化研究家アレックス・カー氏と共にその内面に深く踏み込み、創造性のエネルギーの由来を探索する旅となった。
 それは、創造者の心の秘密、至純の蜜が溢れる蔵の扉を開ける試みを指す。それ故、目を輝かす発見となると同時に、禁忌の扉を開ける危うさを一方では伴う。
 人並み外れた仏教への深い思い入れは、諸国を巡って彫った仏像に託された和歌に表れている。
 皆人は仏に成と願いつつ まことになれるけさの杉の木
 さらに圧巻は、円空が故郷の岐阜に戻ってきて、四十七歳のとき、滝に打たれながらの驚くべき体験だ。
 是在廟 即世尊
 ここにあるもの全て、仏の化身であるという、山の神の声が聞こえてきたというのだ。
 それ以後、円空は解き放たれたようにより自由大胆に仏像を彫り続けてゆく。
 本質に目覚め、より単純だが魂の籠った彫像を彫り進めていった精神の解放過程に、ぼくはジャコメッティーの創造過程と重ねて思い描かずにはいられなかった。
 彫像の本質を極めるあまり、彫りを追求してついに彫像が消えてしまったという西欧の天才と、仏の声を聞いた東洋の僧が見た究極の魂は、どこかでつながっているような気がしてならない。創造性のエネルギーの源とは、まさに無駄と雑念が消え去った虚空にゆらゆら揺らぐエーテルのようなものだと想像しているのだが。

 どうやらぼくが心動かされるのは、芸術家にせよ誰にせよ、魂の琴線に触れて本質から変わる瞬間のようだ。今年はそのアンテナに触れる出会いを求めてきたし、来年はより渇きを強くして求め続けていくだろう。さて、どんな驚きが現れるやら!

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