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ボードレールの憂鬱 spleen : 「悪の華」から谷崎潤一郎の「陰翳礼讚」|'eloge de l'ombre へ

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ボードレールの「悪の華」を読み解くフランス語のレッスンは興味深い。
 先生が一行読んでは、想像したことについて矢継ぎ早に質問してくる。自分の中に弾け広がるイメージに、自らも驚く。
 今取り組んでいるのは、「憂鬱」Spleen。バラの刺が刺さった傷が元で死んだという伝説の詩人の最も苦しいときの詩だという。
 たしかに暗い。いきなり重い空が栓のように頭上を塞いでのしかかってくる。そして日中にもかかわらず夜に等しい暗黒が注がれる。
 何を連想するか? と問われれば、まずすんなりと、ぼくが生まれ育った日本海沿いの故郷の冬景色を答えるだろう。荒れ逆巻く日本海に向かって石を投げ、稲妻に向かって叫んだ思い出は鮮明だ。殺伐とした海岸と詩の心象風景はつながる。高校の大先輩にも当たる坂口安吾の世界とも重なって見える。
 詩で暗さはさらに徹底的に深められ、土牢でもがくコウモリは刺々しい天井に頭からぶつかり悶え、雨が作る筋でさえ牢獄の格子へと変容していく……。

 こうして憂鬱が謳われていくのだが、読む側にとっては必ずしも暗く鬱屈した気分に連れていかれるわけではない。
 「暗さを愛する」と繰り返し言う青年も、最初は暗い人物かと案じたが、そうでもない。穏やかな気質で、根はむしろ明るく温かく感じられる。
 このギャップは何なのか? それが引っ掛かって、頭の中でぐるぐる回っていた。そしてふと思いつきが生じた。青年が言う暗さとは、ぼくが直感した暗さのイメージとはまるで異なるのではないか? アルプスにも近いフランスの静かな故郷の街を懐かしむ青年の言葉が甦ったのだ。たぶんぼくの知らない異国の街の光景は、圧倒的に美しいのではないか? その街の暗さは、ぼくが想像し直感したのとは掛け離れているのではないか? ふとした暗がりにも山の優しさがきらめき、香しい風が頬に触れる……
 これくらい同じ言葉でも、含む意味合いの隔たりに身震いを感じたことはなかった!
 だが、そこまで逢着したとき、我が国にも誇るべき暗さ、谷崎潤一郎の「陰翳礼讚」に象徴されるような繊細な陰翳、暗がりへの心戦かす愛着があることが浮かんだ。青年が愛する「暗さ」とは、そういう神秘にも通じる世界を指していたのではなかったか?
 かつて高松市郊外のイサム・ノグチ美術館を訪ねたとき、国際的に活躍したこの芸術家が、いかに日本的陰翳への繊細なこだわりを見据え尊重していたか、その住居跡に残された行灯のほの明かり、壁の照らされ具合の絶妙さに感動したことが甦った。

 次のレッスンで、青年にこのささやかな発見と連鎖について問うてみよう。思いの外驚く顔が見られるのではないか。その瞬間、フランスと日本の神秘が融合する奇跡が感じられるかもしれない。

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