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「神様が降りてくる」体験

 作家にとって、頭上から神様が降りてきて、滾々と着想が生まれる時は至福にちがいない。最近そんな時間を経験した。
 休日の午後、フランス語のレッスンで雑談が盛り上がった。その後、しばらくぶりに三軒茶屋のカフェに寄った。
 東京のカフェ名所地帯の中でも知る人ぞ知る隠れ家カフェ。ボロ日本家屋の中に、しゃれた店がある。それだけでもすでに、ゴチックロマンの舞台のようではないか。
 一年半ぶりだったけれど、評判のマダム(マドゥモアゼルかな?)はぼくのことをよく覚えていてくれた。いつも座っていた席に、さっと案内し、注文も言わずもがなで、ぼくの好みのブレンドコーヒーとチョコレートケーキもしっかり覚えていてくれた。
 本好きのマダムに、個展が無事に終了したことと小説の出版を伝えると、これも大層喜んでくれた。
 絶妙の接遇に、気持ちもほぐれてカフェの空気に馴染んだ。思い思いの時間に浸っている若者たちと、美しい歌声が流れる雰囲気に融け込んだ。
 懐かしいコーヒーを味わううち、店の薄闇の中に小箱が開く気配がある。次の中編小説で筆が止まっていた箇所と知れた。
 核心の部分で登場する女性を現実的に書くか、それとも幻想の勢いのままリアリティーを与えられるか、いちばん大きな迷いに差しかかっていた。
 それをどう表現するか、複数の関数が絡まった難問のようになっていた。ーーその問題がするする解けるように答えが整然と並び出した。小説の情景も浮かぶ。「神様が降りてきた」と思った。
 それからの数十分は、至福の時であった。浮かんできた断片の細部まで、頭の中で確かめる。よい手応えを感じる。小説の難所を越えられそうだと感じた。
 なんとも言えない喜びが体を充たした。どんな贅沢も、豪華な旅も、これ以上の喜びを与えてくれることはないだろう。そして滅多には得られない時間であることも、経験的に知っている。……
 かの川端康成は、夜中に至って食べた物を全部吐き出してからようやく筆が動き出したそうだが、作家の舞台裏は何か凄惨な感じすらする。それでも書き続ける原動力ともなり、救いともなるのは、この至福の時の存在を外において、思いつくことは少ないのではないか。

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