幻想小説「グラディーヴァ」(W・イェンゼン 種村季弘訳 作品社)の面影を求めてーー古代ローマ帝国の遺産・栄光の都ローマと悲劇の街ポンペイ展

幻想小説「グラディーヴァ」(W・イェンゼン 種村季弘訳 作品社)の面影を求めてーー古代ローマ帝国の遺産・栄光の都ローマと悲劇の街ポンペイ展(国立西洋美術館 上野)

 ここ一ヶ月あまり、ブログを更新せず失礼いたしました。お問い合わせや、励ましのご連絡をいただきまして誠にありがとうございました。少々長めの原稿にかかっていまして、更新が遅くなってしまいました。熱いご期待をいただいておりますことに、この場を借りまして御礼とお詫びを申し上げたいと存じます。

 さて、そんな訳で、是非見たいと思っていた展覧会も、最終日に駆け込むこととなりました。

 私の偏愛する、ポンペイを舞台にした幻想小説「グラディーヴァ」の面影を、垣間見たいと思っていました。日曜日ということもあって、会場はとても混雑していました。Rimg4237

 火山灰に埋もれた街から出土したフレスコ画や、宝飾品などは、とても二千年近くも前のものとは思われない鮮やかさを保っています。とくに現代の製品にもひけを取らない精密な日用品などは、当時の人の息遣いをふと甦らせます。

 小説の中の若く想像力に富んだ考古学者、ノルベルト・ハーノルトが、冥府の花アスフォデロスをそっと手渡した、サンダーレをはいた足でこれ以上はない美しい歩みをする美女の影は、果たしてこれらの物に触発されて現れたのではないでしょうか? 発掘されたポンペイの目抜き通りの写真があり、その石畳の上に、幻想小説の一場面を思い描いてしまいました。

 美しくたおやかなヴェスヴィオ山が、ある日突如噴火して人々の生活を封じ込めてしまった悲劇の物語と、そこから発掘されるタイムスリップした生活跡の驚きが、心の奥から夢が発掘され、甦ってくるような名作を生んだのではないでしょうか。

 改めて小説の場面をいちいち思い浮かべながら展覧会と重ね合わせてみる楽しみの時間を過ごしました

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英 一蝶(はなぶさ いっちょう Hanabusa Ichou)--島流しの刑にも耐え、元禄の江戸に返り咲いた吉原の粋人画家・宝井其角とも親交のあった俳人・文人画家

英 一蝶(はなぶさ いっちょう Hanabusa Ichou)--島流しの刑にも耐え、元禄の江戸に返り咲いた吉原の粋人画家・宝井其角とも親交のあった俳人・文人画家

 最近展覧会のあった、元禄時代に江戸、吉原を中心に活躍した画家・英 一蝶の生き様に感銘を覚えました。

 吉原の座敷で幇間(ほうかん 太鼓持ち)として人間の機微に通じて活躍していた一蝶は、宝井其角とも親交が篤く、俳句を詠んで文芸にも通じていました。狩野派の厳しい画法を学んだ一蝶は、やがてその枠に収まらなくなり、飛び出して独自の風俗画を展開していきます。民衆の生活の一断面をユーモラスに生き生きと捉えた作品が次々に描かれていきます。

 菱川師宣を越えようという意気込みが、若いころの手紙からは窺えます。「朝妻船」などの唄も大流行し、白拍子の絵も歌詞とともに描きました。

 そんな一蝶を襲った最大の危機は、四十七歳のとき、時の将軍綱吉の「生類憐みの令」を揶揄したというほとんど濡れ衣の罪で流刑に処せられたことでした。Photo

 江戸から百八十キロ離れた三宅島の阿古地区に流された一蝶は、それでも半年後には、他の島の神社からの依頼に応じ、絵を描き始めます。江戸で名を馳せたこの画家を、新島の梅田家は庇護するようになります。流罪の身ながら、こうして一蝶は、足掛け十二年を生き延びることが出来、苦境の中でも「四季日待図鑑」などを物します。

 御赦免を得て江戸に返り咲いたときには五十八歳になっていました。英一蝶という名前も、そのとき銘銘したものです。そこから七十三歳で亡くなるまで活躍したのですから、大変なものです。Photo_2

 最近知ったこの画家を、もっと好きになりそうです。その生き様と闊達な描写から、より有名になっていく画家だとも思いました

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2009年9月の目録

2009年9月の目録

 今年の秋に、是非熊野古道を歩きたくて、参考書籍の読書。

「熊野古道」小山靖憲著 岩波新書

「語り部とともに歩く熊野古道」坂本勲生・南川三治郎・嵐圭史 かんき出版

 友人たちの絵画と音楽のコラボレーション

「音の風景」吉岡孝悦プロデュース・マリンバコンサート絵画展(9月19~23日 四ツ谷のコア石響)ピアノ山内久子・絵画 永松あき子・戸沼牧子・立体 津田のぼる・朗読 鈴木陽子・作 ビーゲンセン・絵 永井郁子

 訪れてみたい展覧会

「トリノ・エジプト展」東京都美術館

「聖地チベットーーボタラ宮と天空の至宝」上野の森美術館

「ベルギー幻想美術館」クノップフからデルヴォー、マグリットまで(姫路市立美術館所蔵)Bunkamuraザ・ミュージアム

「古代ローマ帝国の遺産」国立西洋美術館

鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko) 神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」  東京オペラシティアートギャラリー

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「ゴーギャン」NHK日曜美術館・文明と原始の対立

「ゴーギャン」NHK日曜美術館・文明と原始の対立

 今回の記念すべきゴーギャン展のまとめとして、NHK日曜美術館の放送を楽しみにしていました。

 番組の主題は、ゴーギャンが違和感を覚えて逃れた文明と、楽園を求めたタヒチの原始の対立に焦点が当てられていたと思います。

 しかし、知識人が、ゴーギャンの作品の絵解きや、分析、解説を熱く語れば語るほど、ゴーギャン自身の生き様とか、荒削りな作品にあるリアリティーから遠ざかっていくのが不思議でした。知的な言葉がどんどん上滑りしていってしまうのです。これはまた、どうしたことでしょう?

 ゴーギャンがもし生きていて、この番組を見ていたとしたら、身をよってシニックな笑いを浮かべ、こそばゆいとばかりにチャンネルを変えてしまっていたかもしれません。なにかそういう言葉では捕らえきれないものがゴーギャンの魅力なのかもしれないと、主題とは別の姿が浮かび上がるようでもありました。

 そもそも文明から逃れていったゴーギャンを、知識人がやいのやいのと追っかけること自体が矛盾した所業なのかもしれません。

 この画家は、やはり着実に足の地に着いた物語でしか感じられない存在なのだと思いました。そして何よりも、素朴な作品の前で感動を胸に秘めて深く沈黙するしかない画家なのだと思いました。

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ゴーギャンの参考書籍

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「ゴーギャン 私の中の野生」(高階秀爾監修)に読みふけってしまいましたーゴーギャン展、竹橋の近代美術館にて

「ゴーギャン 私の中の野生」(フランソワーズ・カシャン著 高階秀爾監修 創元社)に読みふけってしまいました

 電車の中で読み始めると、各駅停車が目的地にできるだけゆっくり着くように願うほどでした。ゴーギャンの生い立ちから、名画が生まれ出る過程と、苦難に富んだ画家の生涯が流れるように書かれていて、物語にすっかり引き込まれました。

 ゴーギャンがタヒチにたどり着く根には、幼いころペルーで過ごした数奇な生い立ちだけではなく、株式仲買人になる前に、水兵として世界中を航海した体験があったのですね。画家になってから、彼の頭の中には、常に南国の島を志す思いがあったようです。そして、どの島を目指せばよいか、土地勘が常に働いていたことも発見でした。Photo

 ゴーギャンが株式仲買人を辞め、画家を志した転換点には、家族を捨てたエゴイストとか、目算のない夢に飛び出してしまった現実感のない男、などとドラマチックに様々語られていますが、そこでのゴーギャンの内面にも一歩踏み込めたような気がします。自尊心と思い込みも確かに強かったようですが、安直ではない崇高な芸術的野心と目論見があったことが、生涯の流れから読み取れました。絶え間なく襲いかかる貧窮と病の中で、それでも名作を次々に生み出していった軌跡の背景には、一貫して強い志があったことが浮かび上がってきます。

 ゴーギャンの手紙も紹介されていますが、むしろ彼を捨てたのは、妻のメットであり、経済的なこと以外は心通わせない冷淡なところが読み取れます。家族思いのゴーギャンに対しても、手紙もほとんど出さず、誕生日のお祝いメッセージすら送ってよこさないと、彼は嘆きを何度も書き送っています。

 ゴッホとの交流にしても、個性の強い画家同士が親密な切磋琢磨と同時に、葛藤にとり憑かれたようにゴッホがカミソリを振り回す場面など、すさまじい共同生活の模様も伝わってきます。ゴーギャンもゴッホに精神病院を受診するよう勧められていますが、ひねくれからそうしなかった、などと手紙には書かれています。

 ゴーギャンがタヒチに渡り、町から離れたマタイエアという原始で素朴な土地に落ち着いたときの静寂の描写は圧巻です。これほど静かで、何も動かない完璧な夜の闇の深さを感じ取ったことはありません。

 ゴーギャンが独特の画風を確立していく過程もとても勉強になりました。ゴーギャンの作品に無意識的にタペストリーのような温かみを感じてしまいますが、それも「区分主義」(クロワゾニスム)という手法を他の画家と競い合って身につけていったものです。

 マルキーズ諸島についに渡ったゴーギャンの晩年も、壮絶なものでした。健康の悪化と土地の紛争にも巻き込まれながら、最後の情熱を燃やし尽くすように多産な創作をしました。

 専門家によってコンパクトにまとめられたこの書には作品の写真も豊富で、芸術の巨人の生涯に、しばしどっぷり浸かって酔いしれることが出来ました。

高階秀爾の本

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鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko)に行ってきました・神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」・東京オペラシティアートギャラリー

鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko)に行ってきました

神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」  東京オペラシティアートギャラリー

鴻池朋子の参考書籍

東京の美術館ガイド

 これほど思う存分想像力を展開している展覧会を訪れるのは、久しぶりでした。 

 何やら深い森の中に広がる少女か狼のような大きな顔が中央から開かれた襖絵をくぐり抜けると、そこから不思議な世界が始まります。

 昆虫の羽を持つ幻想的な生き物が、透けたカーテンの中に、天井からその巨体を吊るされています。生き物の隙間からは、まさに少女らしき姿が生まれようとしています。一見生々しい驚きの世界です。そのグロテスクなイメージで終わる展覧会は数多くありますが、鴻池朋子の場合、そこからの無限の展開の広さと力強さには圧倒されます。

 次々にカーテンを潜りながら薄暗い部屋に現れる世界は、奥深い森であり、地球の核心に近づく胎内的世界であり、また広大な星空をも想わせる闇の世界です。部屋を巡るうち、自ずとダンテの「神曲」のような物語世界を逍遥している気持ちに連れ去られます。

 鴻池朋子が扱うテーマには、頻繁に少女、狼、刀のようなナイフ、昆虫的な生き物が現れます。それらが、深い森の中で出会い、結びつき合い、歩み出したり夢見たりします。とりとめないほど広がったイメージは、闇に広げられた大きな本のページに投影されたアニメのようなデッサンの物語の中で、まさに神話的物語として融合し、展開してゆきます。それを、じっと佇んで見終わると、不思議な夢を見て目覚めたような気分に引き入れられました。

 無数のデッサンも圧巻ですが、出口に近いところで、何匹もの狼の毛皮が、通る者の顔を撫でるように吊るされているのにも驚かされました。

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鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko)に行ってきました・神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」・東京オペラシティアートギャラリー

鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko)に行ってきました

神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」  東京オペラシティアートギャラリー

鴻池朋子の参考書籍

東京の美術館ガイド

 これほど思う存分想像力を展開している展覧会を訪れるのは、久しぶりでした。 

 何やら深い森の中に広がる少女か狼のような大きな顔が中央から開かれた襖絵をくぐり抜けると、そこから不思議な世界が始まります。

 昆虫の羽を持つ幻想的な生き物が、透けたカーテンの中に、天井からその巨体を吊るされています。生き物の隙間からは、まさに少女らしき姿が生まれようとしています。一見生々しい驚きの世界です。そのグロテスクなイメージで終わる展覧会は数多くありますが、鴻池朋子の場合、そこからの無限の展開の広さと力強さには圧倒されます。

 次々にカーテンを潜りながら薄暗い部屋に現れる世界は、奥深い森であり、地球の核心に近づく胎内的世界であり、また広大な星空をも想わせる闇の世界です。部屋を巡るうち、自ずとダンテの「神曲」のような物語世界を逍遥している気持ちに連れ去られます。

 鴻池朋子が扱うテーマには、頻繁に少女、狼、刀のようなナイフ、昆虫的な生き物が現れます。それらが、深い森の中で出会い、結びつき合い、歩み出したり夢見たりします。とりとめないほど広がったイメージは、闇に広げられた大きな本のページに投影されたアニメのようなデッサンの物語の中で、まさに神話的物語として融合し、展開してゆきます。それを、じっと佇んで見終わると、不思議な夢を見て目覚めたような気分に引き入れられました。

 無数のデッサンも圧巻ですが、出口に近いところで、何匹もの狼の毛皮が、通る者の顔を撫でるように吊るされているのにも驚かされました。

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安田侃(やすだ かん Yasuda Kan)の心を聴き、石に彫る世界・北海道、アルテピアッツァ美唄・NHK日曜美術館・ミューズの微笑み・ときめき美術館

安田侃(やすだ かん Yasuda Kan)の心を聴き、石に彫る世界・北海道、アルテピアッツァ美唄・NHK日曜美術館・ミューズの微笑み・ときめき美術館

安田侃の参考書籍

 北海道、美唄市にあるアルテピアッツァ美唄の安田侃(やすだ かん)の特集は印象的でした。

 廃校になった小学校敷地のポプラ並木を吹き抜ける清々しい風の中に並ぶ安田侃の石の彫刻は、なんと安らぎを与えることでしょう。今年の初夏に、北海道を訪れたときに、東京とは全く違うおいしい空気を実感したのがそのまま甦りました。

 大理石が発掘されるイタリア北部のピエトラサンタに三十年も滞在して、石の彫刻を彫り続けている安田侃は、現地ではマエストロ(巨匠)と呼ばれる存在です。そんな安田が、アルテピアッツァで開かれた彫刻に関心を持つアマチュアの人々に語りかけた言葉が印象的でした。--「彫刻は、石の中から出てきた力を形にする」「心の音を聴く。聴いたらもう恐いものはない」

 その言葉のとおり、穏やかな芝生の起伏に並ぶ彫刻は心に染みてきます。特に、大理石の小石を敷き詰めた水の広場、時の移ろいを象徴する妙なるせせらぎのなんと美しいこと! その先に佇む<天の大いなる力が地上に舞い降りる瞬間を象徴する>純白の門のような大理石彫刻も清らかでした。

 安田侃の彫刻がイタリアのフォロロマーノに置かれ展示されるという催しもあったそうです。まさに古代と現代の心が響き合うような不思議な調和の情景でした。 

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ゴーギャン展(作品 我々はーわれわれはどこから来たのか~)ー2009 国立近代美術館、に思うこと。その2 タヒチでのプリミティブアートの親密と底力

ゴーギャン展(作品 我々はーわれわれはどこから来たのか~)(2009 国立近代美術館)に思うこと。その2 タヒチでのプリミティブアートの親密と底力

ゴーギャンの参考書籍

 ゴーギャン展を、作品の順を追っていってすぐに感じることですが、画家がフランスにいて描いていた作品群と、タヒチに渡ってから描いたそれらとは大きく印象が異なることです。

 当時、文明から隔たった遠い島で、画家が感じた素朴で原始的な胎内からの叫びは、どれほど魂を戦かせたことか。その驚きと親密が、絵のどこからともなく伝わってきます。

 それは、画家が頭で作ろうとしてもとうていかなわないものなのかもしれません。画家の全身と魂までもが、そういう原始に包まれたときに、初めて生み出されるものなのでしょう。

 全身全霊が戦くような環境に飛び込み得たゴーギャンの時代は、ある意味大変な幸福だったのかもしれません。

 その夢がかなわないとしても、作品からその片鱗を窺えたのは、幸いでした。制作する上で、最近迷っていた解決困難な問題にも手がかりを与えてくれるように感じました。

 そのような思いの中でいちばん惹かれた作品は、「ファア・イヘイヘ(タヒチ牧歌)」でした

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ゴーギャン

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「クリムト 黄金にきらめくエロス」-エロスと死の画家、グスタフ・クリムト(NHK日曜美術館 ゲスト、アートディレクター結城昌子氏)美術エッセイ

「クリムト 黄金にきらめくエロス」-エロスと死の画家、グスタフ・クリムト(NHK日曜美術館 ゲスト、アートディレクター結城昌子氏)

クリムトの参考書籍

 少し日にちは経ちましたが、NHK日曜美術館で放送していたクリムトのことについて、書いてみたいと思っていました。

 世紀末ウィーンを代表するクリムトには、以前から深い関心を抱いていました。フロイトの精神分析の強い影響を受け、性、エロスの大胆な表現へと才能を開花させた画家の作品群は、当然のこと、当初社会からの強い抵抗を受け、発表を禁じられたものも多くありました。

 しかし、今の時代になってみると、「接吻」、「ダナエ」、「水蛇」などの一連の作品は、美術史上に華やかな存在感を際立たせています。

 男女の抱擁の図、そしてとりわけ女性の露わで大胆な表現は、驚きを越えて人の心に親密な安らぎの情景としてすでに深く住み着いているものと思います。とくに世紀末の、恍惚となったまま過ごしたいと欲し、そのまま死に通じるのも厭わないような潜在的願望と、現代の捉えどころのない時代意識と響き合うものがあるのかもしれません。

 実際、晩年の作品「死と生」には、きらびやかなエロスから到達した境地も窺えます。この作には、従来の黄金の背景も塗りつぶされています。

 クリムトといえば、様々な手法を凝らした黄金の背景がまず浮かぶほどです。元々金細工師の家に生まれたこともさることながら、ビザンチン美術の神の象徴としての金や、日本(ジャポニスム)の金屏風などの影響を大変強く受けたようです。

 尾形光琳の「紅白梅図屏風」の構図の影響さえ受けているという指摘もありました。日本、ジャポニスムの構図の中にヨーロッパの諸問題を描いたのだという視点にも、興味深いものがありました。

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