英 一蝶(はなぶさ いっちょう Hanabusa Ichou)--島流しの刑にも耐え、元禄の江戸に返り咲いた吉原の粋人画家・宝井其角とも親交のあった俳人・文人画家

英 一蝶(はなぶさ いっちょう Hanabusa Ichou)--島流しの刑にも耐え、元禄の江戸に返り咲いた吉原の粋人画家・宝井其角とも親交のあった俳人・文人画家

 最近展覧会のあった、元禄時代に江戸、吉原を中心に活躍した画家・英 一蝶の生き様に感銘を覚えました。

 吉原の座敷で幇間(ほうかん 太鼓持ち)として人間の機微に通じて活躍していた一蝶は、宝井其角とも親交が篤く、俳句を詠んで文芸にも通じていました。狩野派の厳しい画法を学んだ一蝶は、やがてその枠に収まらなくなり、飛び出して独自の風俗画を展開していきます。民衆の生活の一断面をユーモラスに生き生きと捉えた作品が次々に描かれていきます。

 菱川師宣を越えようという意気込みが、若いころの手紙からは窺えます。「朝妻船」などの唄も大流行し、白拍子の絵も歌詞とともに描きました。

 そんな一蝶を襲った最大の危機は、四十七歳のとき、時の将軍綱吉の「生類憐みの令」を揶揄したというほとんど濡れ衣の罪で流刑に処せられたことでした。Photo

 江戸から百八十キロ離れた三宅島の阿古地区に流された一蝶は、それでも半年後には、他の島の神社からの依頼に応じ、絵を描き始めます。江戸で名を馳せたこの画家を、新島の梅田家は庇護するようになります。流罪の身ながら、こうして一蝶は、足掛け十二年を生き延びることが出来、苦境の中でも「四季日待図鑑」などを物します。

 御赦免を得て江戸に返り咲いたときには五十八歳になっていました。英一蝶という名前も、そのとき銘銘したものです。そこから七十三歳で亡くなるまで活躍したのですから、大変なものです。Photo_2

 最近知ったこの画家を、もっと好きになりそうです。その生き様と闊達な描写から、より有名になっていく画家だとも思いました

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2009年9月の目録

2009年9月の目録

 今年の秋に、是非熊野古道を歩きたくて、参考書籍の読書。

「熊野古道」小山靖憲著 岩波新書

「語り部とともに歩く熊野古道」坂本勲生・南川三治郎・嵐圭史 かんき出版

 友人たちの絵画と音楽のコラボレーション

「音の風景」吉岡孝悦プロデュース・マリンバコンサート絵画展(9月19~23日 四ツ谷のコア石響)ピアノ山内久子・絵画 永松あき子・戸沼牧子・立体 津田のぼる・朗読 鈴木陽子・作 ビーゲンセン・絵 永井郁子

 訪れてみたい展覧会

「トリノ・エジプト展」東京都美術館

「聖地チベットーーボタラ宮と天空の至宝」上野の森美術館

「ベルギー幻想美術館」クノップフからデルヴォー、マグリットまで(姫路市立美術館所蔵)Bunkamuraザ・ミュージアム

「古代ローマ帝国の遺産」国立西洋美術館

鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko) 神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」  東京オペラシティアートギャラリー

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「ゴーギャン」NHK日曜美術館・文明と原始の対立

「ゴーギャン」NHK日曜美術館・文明と原始の対立

 今回の記念すべきゴーギャン展のまとめとして、NHK日曜美術館の放送を楽しみにしていました。

 番組の主題は、ゴーギャンが違和感を覚えて逃れた文明と、楽園を求めたタヒチの原始の対立に焦点が当てられていたと思います。

 しかし、知識人が、ゴーギャンの作品の絵解きや、分析、解説を熱く語れば語るほど、ゴーギャン自身の生き様とか、荒削りな作品にあるリアリティーから遠ざかっていくのが不思議でした。知的な言葉がどんどん上滑りしていってしまうのです。これはまた、どうしたことでしょう?

 ゴーギャンがもし生きていて、この番組を見ていたとしたら、身をよってシニックな笑いを浮かべ、こそばゆいとばかりにチャンネルを変えてしまっていたかもしれません。なにかそういう言葉では捕らえきれないものがゴーギャンの魅力なのかもしれないと、主題とは別の姿が浮かび上がるようでもありました。

 そもそも文明から逃れていったゴーギャンを、知識人がやいのやいのと追っかけること自体が矛盾した所業なのかもしれません。

 この画家は、やはり着実に足の地に着いた物語でしか感じられない存在なのだと思いました。そして何よりも、素朴な作品の前で感動を胸に秘めて深く沈黙するしかない画家なのだと思いました。

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ゴーギャンの参考書籍

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「ゴーギャン 私の中の野生」(高階秀爾監修)に読みふけってしまいましたーゴーギャン展、竹橋の近代美術館にて

「ゴーギャン 私の中の野生」(フランソワーズ・カシャン著 高階秀爾監修 創元社)に読みふけってしまいました

 電車の中で読み始めると、各駅停車が目的地にできるだけゆっくり着くように願うほどでした。ゴーギャンの生い立ちから、名画が生まれ出る過程と、苦難に富んだ画家の生涯が流れるように書かれていて、物語にすっかり引き込まれました。

 ゴーギャンがタヒチにたどり着く根には、幼いころペルーで過ごした数奇な生い立ちだけではなく、株式仲買人になる前に、水兵として世界中を航海した体験があったのですね。画家になってから、彼の頭の中には、常に南国の島を志す思いがあったようです。そして、どの島を目指せばよいか、土地勘が常に働いていたことも発見でした。Photo

 ゴーギャンが株式仲買人を辞め、画家を志した転換点には、家族を捨てたエゴイストとか、目算のない夢に飛び出してしまった現実感のない男、などとドラマチックに様々語られていますが、そこでのゴーギャンの内面にも一歩踏み込めたような気がします。自尊心と思い込みも確かに強かったようですが、安直ではない崇高な芸術的野心と目論見があったことが、生涯の流れから読み取れました。絶え間なく襲いかかる貧窮と病の中で、それでも名作を次々に生み出していった軌跡の背景には、一貫して強い志があったことが浮かび上がってきます。

 ゴーギャンの手紙も紹介されていますが、むしろ彼を捨てたのは、妻のメットであり、経済的なこと以外は心通わせない冷淡なところが読み取れます。家族思いのゴーギャンに対しても、手紙もほとんど出さず、誕生日のお祝いメッセージすら送ってよこさないと、彼は嘆きを何度も書き送っています。

 ゴッホとの交流にしても、個性の強い画家同士が親密な切磋琢磨と同時に、葛藤にとり憑かれたようにゴッホがカミソリを振り回す場面など、すさまじい共同生活の模様も伝わってきます。ゴーギャンもゴッホに精神病院を受診するよう勧められていますが、ひねくれからそうしなかった、などと手紙には書かれています。

 ゴーギャンがタヒチに渡り、町から離れたマタイエアという原始で素朴な土地に落ち着いたときの静寂の描写は圧巻です。これほど静かで、何も動かない完璧な夜の闇の深さを感じ取ったことはありません。

 ゴーギャンが独特の画風を確立していく過程もとても勉強になりました。ゴーギャンの作品に無意識的にタペストリーのような温かみを感じてしまいますが、それも「区分主義」(クロワゾニスム)という手法を他の画家と競い合って身につけていったものです。

 マルキーズ諸島についに渡ったゴーギャンの晩年も、壮絶なものでした。健康の悪化と土地の紛争にも巻き込まれながら、最後の情熱を燃やし尽くすように多産な創作をしました。

 専門家によってコンパクトにまとめられたこの書には作品の写真も豊富で、芸術の巨人の生涯に、しばしどっぷり浸かって酔いしれることが出来ました。

高階秀爾の本

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鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko)に行ってきました・神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」・東京オペラシティアートギャラリー

鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko)に行ってきました

神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」  東京オペラシティアートギャラリー

鴻池朋子の参考書籍

東京の美術館ガイド

 これほど思う存分想像力を展開している展覧会を訪れるのは、久しぶりでした。 

 何やら深い森の中に広がる少女か狼のような大きな顔が中央から開かれた襖絵をくぐり抜けると、そこから不思議な世界が始まります。

 昆虫の羽を持つ幻想的な生き物が、透けたカーテンの中に、天井からその巨体を吊るされています。生き物の隙間からは、まさに少女らしき姿が生まれようとしています。一見生々しい驚きの世界です。そのグロテスクなイメージで終わる展覧会は数多くありますが、鴻池朋子の場合、そこからの無限の展開の広さと力強さには圧倒されます。

 次々にカーテンを潜りながら薄暗い部屋に現れる世界は、奥深い森であり、地球の核心に近づく胎内的世界であり、また広大な星空をも想わせる闇の世界です。部屋を巡るうち、自ずとダンテの「神曲」のような物語世界を逍遥している気持ちに連れ去られます。

 鴻池朋子が扱うテーマには、頻繁に少女、狼、刀のようなナイフ、昆虫的な生き物が現れます。それらが、深い森の中で出会い、結びつき合い、歩み出したり夢見たりします。とりとめないほど広がったイメージは、闇に広げられた大きな本のページに投影されたアニメのようなデッサンの物語の中で、まさに神話的物語として融合し、展開してゆきます。それを、じっと佇んで見終わると、不思議な夢を見て目覚めたような気分に引き入れられました。

 無数のデッサンも圧巻ですが、出口に近いところで、何匹もの狼の毛皮が、通る者の顔を撫でるように吊るされているのにも驚かされました。

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鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko)に行ってきました・神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」・東京オペラシティアートギャラリー

鴻池朋子展(こうのいけ ともこ Kounoike Tomoko)に行ってきました

神話と想像の世界に目一杯羽ばたく、ダンテの神曲を髣髴させる大スペクタクル・「インタートラベラー神話と遊ぶ人」  東京オペラシティアートギャラリー

鴻池朋子の参考書籍

東京の美術館ガイド

 これほど思う存分想像力を展開している展覧会を訪れるのは、久しぶりでした。 

 何やら深い森の中に広がる少女か狼のような大きな顔が中央から開かれた襖絵をくぐり抜けると、そこから不思議な世界が始まります。

 昆虫の羽を持つ幻想的な生き物が、透けたカーテンの中に、天井からその巨体を吊るされています。生き物の隙間からは、まさに少女らしき姿が生まれようとしています。一見生々しい驚きの世界です。そのグロテスクなイメージで終わる展覧会は数多くありますが、鴻池朋子の場合、そこからの無限の展開の広さと力強さには圧倒されます。

 次々にカーテンを潜りながら薄暗い部屋に現れる世界は、奥深い森であり、地球の核心に近づく胎内的世界であり、また広大な星空をも想わせる闇の世界です。部屋を巡るうち、自ずとダンテの「神曲」のような物語世界を逍遥している気持ちに連れ去られます。

 鴻池朋子が扱うテーマには、頻繁に少女、狼、刀のようなナイフ、昆虫的な生き物が現れます。それらが、深い森の中で出会い、結びつき合い、歩み出したり夢見たりします。とりとめないほど広がったイメージは、闇に広げられた大きな本のページに投影されたアニメのようなデッサンの物語の中で、まさに神話的物語として融合し、展開してゆきます。それを、じっと佇んで見終わると、不思議な夢を見て目覚めたような気分に引き入れられました。

 無数のデッサンも圧巻ですが、出口に近いところで、何匹もの狼の毛皮が、通る者の顔を撫でるように吊るされているのにも驚かされました。

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安田侃(やすだ かん Yasuda Kan)の心を聴き、石に彫る世界・北海道、アルテピアッツァ美唄・NHK日曜美術館・ミューズの微笑み・ときめき美術館

安田侃(やすだ かん Yasuda Kan)の心を聴き、石に彫る世界・北海道、アルテピアッツァ美唄・NHK日曜美術館・ミューズの微笑み・ときめき美術館

安田侃の参考書籍

 北海道、美唄市にあるアルテピアッツァ美唄の安田侃(やすだ かん)の特集は印象的でした。

 廃校になった小学校敷地のポプラ並木を吹き抜ける清々しい風の中に並ぶ安田侃の石の彫刻は、なんと安らぎを与えることでしょう。今年の初夏に、北海道を訪れたときに、東京とは全く違うおいしい空気を実感したのがそのまま甦りました。

 大理石が発掘されるイタリア北部のピエトラサンタに三十年も滞在して、石の彫刻を彫り続けている安田侃は、現地ではマエストロ(巨匠)と呼ばれる存在です。そんな安田が、アルテピアッツァで開かれた彫刻に関心を持つアマチュアの人々に語りかけた言葉が印象的でした。--「彫刻は、石の中から出てきた力を形にする」「心の音を聴く。聴いたらもう恐いものはない」

 その言葉のとおり、穏やかな芝生の起伏に並ぶ彫刻は心に染みてきます。特に、大理石の小石を敷き詰めた水の広場、時の移ろいを象徴する妙なるせせらぎのなんと美しいこと! その先に佇む<天の大いなる力が地上に舞い降りる瞬間を象徴する>純白の門のような大理石彫刻も清らかでした。

 安田侃の彫刻がイタリアのフォロロマーノに置かれ展示されるという催しもあったそうです。まさに古代と現代の心が響き合うような不思議な調和の情景でした。 

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ゴーギャン展(作品 我々はーわれわれはどこから来たのか~)ー2009 国立近代美術館、に思うこと。その2 タヒチでのプリミティブアートの親密と底力

ゴーギャン展(作品 我々はーわれわれはどこから来たのか~)(2009 国立近代美術館)に思うこと。その2 タヒチでのプリミティブアートの親密と底力

ゴーギャンの参考書籍

 ゴーギャン展を、作品の順を追っていってすぐに感じることですが、画家がフランスにいて描いていた作品群と、タヒチに渡ってから描いたそれらとは大きく印象が異なることです。

 当時、文明から隔たった遠い島で、画家が感じた素朴で原始的な胎内からの叫びは、どれほど魂を戦かせたことか。その驚きと親密が、絵のどこからともなく伝わってきます。

 それは、画家が頭で作ろうとしてもとうていかなわないものなのかもしれません。画家の全身と魂までもが、そういう原始に包まれたときに、初めて生み出されるものなのでしょう。

 全身全霊が戦くような環境に飛び込み得たゴーギャンの時代は、ある意味大変な幸福だったのかもしれません。

 その夢がかなわないとしても、作品からその片鱗を窺えたのは、幸いでした。制作する上で、最近迷っていた解決困難な問題にも手がかりを与えてくれるように感じました。

 そのような思いの中でいちばん惹かれた作品は、「ファア・イヘイヘ(タヒチ牧歌)」でした

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ゴーギャン

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「クリムト 黄金にきらめくエロス」-エロスと死の画家、グスタフ・クリムト(NHK日曜美術館 ゲスト、アートディレクター結城昌子氏)美術エッセイ

「クリムト 黄金にきらめくエロス」-エロスと死の画家、グスタフ・クリムト(NHK日曜美術館 ゲスト、アートディレクター結城昌子氏)

クリムトの参考書籍

 少し日にちは経ちましたが、NHK日曜美術館で放送していたクリムトのことについて、書いてみたいと思っていました。

 世紀末ウィーンを代表するクリムトには、以前から深い関心を抱いていました。フロイトの精神分析の強い影響を受け、性、エロスの大胆な表現へと才能を開花させた画家の作品群は、当然のこと、当初社会からの強い抵抗を受け、発表を禁じられたものも多くありました。

 しかし、今の時代になってみると、「接吻」、「ダナエ」、「水蛇」などの一連の作品は、美術史上に華やかな存在感を際立たせています。

 男女の抱擁の図、そしてとりわけ女性の露わで大胆な表現は、驚きを越えて人の心に親密な安らぎの情景としてすでに深く住み着いているものと思います。とくに世紀末の、恍惚となったまま過ごしたいと欲し、そのまま死に通じるのも厭わないような潜在的願望と、現代の捉えどころのない時代意識と響き合うものがあるのかもしれません。

 実際、晩年の作品「死と生」には、きらびやかなエロスから到達した境地も窺えます。この作には、従来の黄金の背景も塗りつぶされています。

 クリムトといえば、様々な手法を凝らした黄金の背景がまず浮かぶほどです。元々金細工師の家に生まれたこともさることながら、ビザンチン美術の神の象徴としての金や、日本(ジャポニスム)の金屏風などの影響を大変強く受けたようです。

 尾形光琳の「紅白梅図屏風」の構図の影響さえ受けているという指摘もありました。日本、ジャポニスムの構図の中にヨーロッパの諸問題を描いたのだという視点にも、興味深いものがありました。

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メキシコ美術・NHK日曜美術館「アイデンティティを求めてー20世紀のメキシコ美術」-ポサダ、リベラ、フリーダ・カーロ等を通してー詩人オクタビオ・パスの言う「他者性」の発見

NHK日曜美術館「アイデンティティを求めてー20世紀のメキシコ美術」-ホセ・グアダルーペ・ポサダ、ディエゴ・リベラ、フリーダ・カーロ等を通して

 20世紀のメキシコ美術にはとくに詳しくはありませんでしたので、今回の放送はとてもインパクトのあるものでした。

 民衆の眼差しから、メキシコのルーツを追及し続けたリベラの油絵から、死と生の親密かつ相反しながら存在する、メキシコ人のアイデンティティを強く際立たせる大壁画の数々が、中心の流れを成していたと思います。

 そこには、ヨーロッパ美術の流れを超越した、例えばゴーギャンの異国趣味などよりももっと力強く親しみのある作品さえ感じました。リベラがいったんパリに留学し、故郷に戻って発見した異国性の説得力によるのかもしれません。

 生と死との観念にせよ、征服に対する苦しみ、たえざる移民の流入と流出、貧困と疫病に対する苦悩など、揺れる民族の思いを伝えるコミュニケーションの手段が、言語よりもこれらの絵画のイメージがより大きな力を持っていたという指摘には、興味深いものを覚えます。大壁画に表された「メキシコの歴史」や、ポサダの版画に源を発する生と死の舞踏などは、メキシコ人としての自覚の物語に、深く組み込まれているにちがいありません。そうして内面を追求していったときに、詩人のオクタビオ・パスが指摘したようなアイデンティティの「他者性」に到達する複雑さがメキシコ社会の根底にあるのかもしれません。

 今回の番組は、メキシコ人の内面を、美術を通して強く訴えかけてくるものだったと思いました。

 東京をはじめ、ニューヨーク、パリなど、大都市ではどこでも見かける若者の壁面への落書きは、違法として敬遠されがちですが、メキシコでは、このグラフィティがむしろ積極的に受け入れられ、依頼さえあるというのは驚きでした。それがまた社会の強いメッセージの手段として受け入れられているところに、コミュニケーションの新しい発見を見ることもできました。

メキシコ美術の本

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美術作家「やなぎ みわ」Yanagi Miwa氏のベネチア・ビエンナーレ作品の放送を見てーNHK日曜美術館ー美術エッセイ

 最近のNHK日曜美術館で「やなぎ みわ」Yanagi Miwa氏のベネチア・ビエンナーレ出品作の放送には、ある種のカルチャーショックを覚えました。

やなぎみわの参考書籍

ベネチアビエンナーレの参考書籍

 女性として生きてきたことの思いとアイデンティティーを、思いっきりグロテスクなまでの笑い叫ぶ女の巨大な写真で表現したのには圧倒されます。どこかサルバドール・ダリの「内乱の予感」にも通じるような激しさを感じました。

 やなぎみわ氏は、これまでにも、童話の中の少女像を自分のイメージで象徴的に変容させたり、理想的で憧れの老女の姿を作り出してきたことも紹介されます。そのように強く自分のコンセプトを打ち出すのには、写真は適した技法なのかもしれません。

 興味深かったのは、やなぎみわ氏が、最も日本の伝統的な地、京都に住みながら、周囲を取り囲む伝統の厚味のようなものを、意識的、無意識的に強く排除して、ひたすら自分の内面を追求して制作に没頭してきたようにも思われるところでした。ベネチア・ビエンナーレでも、案の定というべきか、外国人が日本の伝統を作品の中に探して質問したりしたそうですが、それは氏の意図からは遠いところにあるような印象を受けました。しかし、氏が制作を続けていく長い年月のうちに、いつか身近な伝統の大きさと向き合うときが訪れると、予感のようなものも覚えました。

 美術とはいっても領域が広く、やなぎみわ氏が写真によって素早くコンセプトを展開していく過程には、物語世界を見るときの印象も受けました。「美術作家」と氏が標榜する所以も、そのあたりにあるのかもしれません。先のカルチャーショックは、自分の土俵とあまりに隔たった、その表現の目まぐるしい展開に感じたアイデンティティークライシスだったのかもしれないとも思いました。

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リヨン(フランス)で、友人が主催する展覧会へのメッセージ文ー日本文化の伝統、とくに遠野に見いだした原点からー旅と文化のエッセイ

 この前の遠野への旅は、フランスのリヨンで、展覧会を企画していた日本文化・日本学を専門にしている友人には、とてもタイムリーな情報をもたらす機会になったようです。

 遠野に残された古い民家に感じた奥深く力強い瞑想と想像力を喚起する力が、異国にできるだけ伝わることを念じました。

 今、フランスでも日本の伝統的な文化は、相当熱心に学ばれ、流行にさえなっていますが、その真髄を伝えることは、日本人自身にとっても難しいようです。各地を旅してみて、その都度新しい発見に驚かされます。それだけなお、神秘で未知の領域が多く残されたこの国に生まれたことを、こういう機会にまた喜びとして感じました。

 以下が、メッセージ文の草案です。

 最近、日本の東北地方の山間にある遠野を訪れて再発見したことがあります。そして日本文化の深い謎を解く鍵が、ここには豊富に残されていることを見いだしました。民族学者の柳田国男の「遠野物語」で有名なこの土地は、今でも古い伝統的な生活の面影が多く残されています。昔のまま保たれた民家は、茅葺きの重厚な木造家屋で、竈の煙の煤と、人々の生活の跡で黒光りしています。家の中は大変に暗く、障子戸を透かした淡い光が、土壁や太い柱の間に何重にも繊細な光模様を描いています。そして、柔らかな光が消えかかるところには、濃厚な闇があります。作家の谷崎潤一郎が、日本人が愛する安らぎと瞑想の原点として、この繊細な陰影が織り成す心模様を見事に描いた「陰翳礼讚」の世界が、まさにそこには宿っています。日本の漆工芸、陶器、日本画、墨絵、茶道の儀式、華道、能や歌舞伎も、この繊細な影の効果との調和を抜きにしては考えられません。先の「遠野物語」にしても、家の暗がりとほの明かりの間に生まれる愛らしい幽霊と人々との係わりあいや多彩な想像力が生み出した物語が、主に語り継がれたものです。日本人に愛され続けている宮澤賢治の童話も、この地で多く生まれました。

 そのような伝統的な日本文化に残された特性は、最近とくに見直され、新しい技法と組み合わされてさらに興味深い展開を推し進めようとしています。例えば宮崎駿は、新しく繊細なアニメの技法で、先の遠野の古い民家と愛らしい幽霊の物語を彷彿させる「となりのトトロ」という作品を生み出しました。かつて囲炉裏端で語り継がれた物語が、新しい表現によって広く世界に伝えられるのを見る思いです。柔和な照明効果を作り出す和紙で、石の彫刻家でもあるイサム・ノグチは、伝統的な行灯や提灯が醸し出す微妙な明るさを、照明彫刻「あかり」としてデザインし、日本家屋に新たな陰影をもたらし高く評価されました。日本画家の田淵俊夫は、新しい映像プロジェクターと伝統的な墨絵を組み合わせて、京都の智積院の襖絵に、墨の濃淡だけで満開の枝垂れ桜や朝陽、夕陽を、色彩を用いる以上に鮮やかに実現しました。安藤忠雄の建築には、日本の伝統の記憶を意図的に一部に残し、新しい建築技法と組み合わせたハイブリッドの建築構想が見て取れます。

 日本から新しく発信されている芸術、文化作品には、その根に日本の深い伝統が組み込まれ、新しい技術や視点と融合されていることが見て取れます。幸いにも、今でも日本各地には神秘的な伝統が多く残され、日本の現代美術を鑑賞するとき、それらを読み解く大きな手掛かりを与えてくれます。

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「となりのトトロ」宮崎駿監督ーに感じた遠野の濃い雰囲気ー「陰翳礼賛」谷崎潤一郎(いんえいらいさん たにざきじゅんいちろう)にも通じる世界

 遠野の旅をきっかけに、宮崎駿監督の「となりのトトロ」を勧められ、見てみました。

となりのトトロDVD

 懐かしい民家、家の中に影が幾重にも織り成す陰翳、ザシキワラシを想わせる幽霊、古い大木や神社、豊かな田園風景・・・たしかにこのあいだ見てきた風景とずいぶん重なるものを感じました。

 そこには、伝統的な日本人が安らぎと瞑想を育んできた陰翳と荒びの安らぎがあふれています。

 この話を、フランスのリヨンで「日本の伝統文化と新しい美の追求」という展覧会を企画している友人に連絡したら、さっそく、展覧会へのメッセージをこの視点から書くように依頼がありました。

 木の温もりや、柔らかな和紙の照明、障子の卓越した通気性と光の効果・・・近頃日本の伝統で見直されているものはきりがありませんが、異国にも、是非この感覚を少しでも届けたいものだと思います

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ゴーギャンがタヒチに感じた深い戦きーNHK アートエンターテインメント 迷宮美術館ー叙情的物語「ノア・ノア」ポール・ゴーガンPaul Gauguinの力ー名古屋ボストン美術館

 少し前ですが、NHKで、名古屋ボストン美術館で開催された「ゴーギャン展」にちなんで、名作の謎に迫ると銘打って、「アートエンターテインメント 迷宮美術館」で特集していました。ゴーギャン(ポール・ゴーガン Paul Gaugin)といえば、高名な画家として知り尽くしたような気分にもなっていますが、著作や展覧会に触れるたび、新しい発見に驚かされます。

 今回、特に驚かされたのは、ゴーギャンが初めてタヒチの素朴で原始的な人間と自然の中に感じた、人間の露わな魂への戦きというか、感動を必死に伝えたかったというほとんど渇望のような思いです。

 ゴーギャンは、愛娘への愛情とともに、無数の版画つき物語で、人間の原初の戦きに触れた感動を伝えようとします。その一つの結晶が、「ノア・ノア」(NOA NOA Paul Gaugin)だと思います。一読してタヒチの海の叙情的、神秘的な雰囲気が伝わってきます。

 ゴーギャンの生涯の集大成とも言うべき「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこに行くのか」の、愛娘と絡めた謎解きの番組の中でも、特にゴーギャンが初めてタヒチの原始に見いだした深い感動が今回は格別感じられました。

 出演者:山咲トオル、室井佑月、チチ松村

 司会:段田安則、住吉美紀

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「遠野を旅して」その2-座敷ワラシやカッパが現れそうな自然の中に、伝統的文化の優れた存在ー日本の名工、宮大工の菊池恭二氏ーNHKプロフェッショナルで、百年後を見据えた感動的な宮大工も、この地が地盤なんですね-旅のエッセイ

 遠野の豊かな自然と人々の生活が解け合った空気の中に、ザシキワラシとかオシラサマ、カッパなどが現れても不思議はないようなイメージの喚起力があるのが妙です。

 苔むした大きな岩が織り成す景観によるものでしょうか? そこにも、五百羅漢のように大飢饉の犠牲者の冥福を祈って、義山和尚によって彫られた仏が残されていたりします。

 岩の間からのぞくさりげない瀬にも、飛び交う虫が幻想の生き物に一瞬見えるような雰囲気さえあります。

 その自然の中に、素晴らしい名工によって築かれたと一目でわかる「福泉寺 ふくせんじ」の威容ある姿が聳え立っています。この寺の本堂にそびえる、一本の木から彫られた仏像としては最大といわれる「福徳観音像」が見るものを圧してきます。

 五重塔などの修復や建立には、NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」でご覧になった方も多いと思われますが、日本の名工とうたわれる宮大工の菊池恭二氏がこの地のご出身で関わっていらっしゃると聞いて、驚かされるやら納得したような気にもなりました。

 写真は大雑把に並べましたが、五百羅漢や、遠野ふるさと村、カッパ淵、福泉寺などのものです

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遠野を旅して感じた生活と文化の厚みー柳田国男の「遠野物語」百周年を来年に控えたことや、宮沢賢治文学のみならず、「千葉家の曲がり屋」など長い遠野生活の人々の生活の跡に感じた強い親密の感情からまず「Toono Monogatari」Yanagida Kunio

 遠野にようやく行くことが出来ました。東北地方を訪れるたび、気にかかっていたところでした。

 今や沖縄ブームで、押すな押すなの人気でぼくも大好きですが、東北地方を訪ねるたび、その豊かさと奥深い発見に、きっと将来、東北の旅の人気が今以上に盛り上がるときが訪れると、常々予感しています。今回、遠野を訪ねてみて、その思いをより深くしました。

 どんなところか予想していたのは、まず豊かな緑と水と山影がなす田園風景でした。それも、期待を越えて、心寛ぐのを覚えました。

 そして何よりも、寒暖の差の激しい土地で馬とともに暮らす人々の囲炉裏の匂いが染み付いた曲がり屋の重みと親密さには驚きさえ感じました。いくつものガイドブックの写真やテレビ番組からは伝わってこない本物の厚味を感じました。今回は、その中でも代表的な「千葉家の曲がり屋」、「遠野ふるさと村」の写真の一部をご紹介します。(狭い土地に、ぎっしり様々な要素が詰まった遠野をご紹介するには、何回かに分けて記事を書くしかないと思いました)

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版画家「清宮質文 せいみやなおぶみSeimiya Naobumi」最近のNHK日曜美術館を見てーー魂に語りかけようとした画家「清宮質文」ー心象風景画像の清宮質文独特の版画-美術エッセイ

 この六月二十一日にNHKの日曜美術館で放送された版画家、「清宮質文 せいみやなおぶみ」を見て、懸命に人の心に語りかけようとして一生を捧げた画家の気魂を感じさせられました。

清宮質文の参考書籍

 ほとんどアトリエで仕事に打ち込んだまま過ごした画家の、その木版で心を伝えることにもどかしさを感じ、悪戦苦闘してきた人生が番組全体からよく伝わってきました。

 清宮自身は、それを「お化け」という自分の言葉で語っていたそうですが、それが、芸術家として人の心に語りかけようとする言葉だと、はっきり実感していた画家だったのだと思いました。

 さてそれを自覚したところで、表現によって伝えることの困難と恐さともどかしさを、より身に染みて悟っていた画家だったことも伝わってきます。

 細い道の果ての薄墨色の空で、謙虚な閃きを放つ花火の作品は胸に響いてきます。もどかしげな分、より深く伝わってくるのかもしれません。

 過剰を押さえた木版の表現には、余計なものをそぎ落として、その思いを伝えようとする心の言葉が滲み出しています。そして、命を終える前日まで創作に打ち込んだ生き様も、その思いを何倍にもして語りかけてきます。

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建築家、伊東豊雄(architecte Ito Toyoo)氏の創造の軌跡ーー「プロフェッショナル、NHK」を見て-建築エッセイ

 建築家、伊東豊雄氏のノルウェー、オスロの図書館設計コンペを巡る創造の軌跡を中心に、展開されている番組に興味を覚えました。

 概して、何かを創造する人の苦悩の軌跡を巡る番組は、好きなものの一つです。

 それにしても、大きなコンペに賭ける建築家の舞台裏とは大変なものですね。当たれば大きいのでしょうけれど、選外になれば徒労に終わる可能性もある。そうして積み重ねられたノウハウが次に花開くのでしょうけれど、それにしても報われないリスクも大きいものだと思いました。

 それは、たいていの仕事とか、人生そのものにも当てはまることですから、なおさら共感を覚えるのかもしれません。

 伊東豊雄氏設計の仙台「メディアテーク」は、かつて訪れてその空間を楽しみました。たしかに遮る壁などない人のつながりを促す空間には寛ぎを覚えました。他の図書館に比べ、ゆったり読書にも浸れました。

 ちょうどその折、仙台の名物でもある欅並木にイルミネーションが点され、広い窓から美しく望まれたのが印象的でした。

 オスロの図書館建築コンペでは、残念ながら伊東豊雄氏は敗退してしまいます。しかし、いくつもの幾何学的な構造を組み合わせた空間や、内部の独特の本の並べ方とか、いくつも興味深いアイデアがありました。

 建築も、絵画や小説と同様に、膨大な情報量を創造者の精神の構造に組み上げていく作業であることが強く印象に残りました。複雑化と単純化の柔軟な発想で、極限を目指していく格闘に、深い共感を覚えました。

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曾我蕭白(Soga Shouhaku)ーー心のうちをさらけ出し「狂」を原点として描ききった画家

 最近のNHK日曜美術館で取り上げていた曾我蕭白の特集に強い印象を受けました。

 江戸時代に、一方の写実の大家、円山応挙と対抗しながら、あまりに荒ぶる内面をさらして、ほとんど狂人として無視され、二百年を経てようやく発見された巨人でもあります。

 しかし、当時の文人の間では、自分らしく生きるには、内面の自我を露出させ、狂の域にまで達しなければかなわないという思いもあったようです。自らの同一性とか、自我を突き詰めようとする、意外に深い個人の存在への問いかけが時代の底流をなしていたのかもしれません。

 若くして身寄りや家業を失い、筆一本に賭けなければならないところに投げ出された蕭白は、そのような時代背景をしょわされる宿命も帯びざるを得なかったのでしょう。放浪の身を時代にさらして、画家自身も、肌にひりつく問いかけを強く感じていたにちがいありません。

 数多くの天才たちの歴史が山ほど物語っているように、そこには時代との(世俗的な)幸福な出会いはなかった。生まれるはずもなかった。

 ひとたび敏感に時代の自我を悟った画家は、自ら「鬼神斎 曾我蕭白」と名乗って署名します。そこには深い疎外感と苛立ち、荒ぶる魂を見る思いがします。

 彼は、「狂」として振る舞い、人々を驚嘆させて時代を揺さぶってみせなければならない密かな使命も感じていたにちがいありません。

 ゲストの村上隆氏は、蕭白が自らをパロディ化したのだと、氏らしい滑らかな口調でさらりと説明してみせました。欧米を舞台に広く活躍し、常にアイデンティティの問題を突きつけられている氏らしいお話だと感じました。しかし、表面的なところから深い部分まで幅広いニュアンスのあるこの言葉が、もし酔いに猛り狂っている最中の画家自身に、その表面的な意味のみしか伝わらなかったらどうなっていたか? 思うだけで、ひやりともなりました。

 作品では、「雲龍図」「唐獅子図」などの猛々しさもさることながら、「群仙図屏風」     「雪山童子図」「商山四皓図屏風」「寒山拾得図」「竹林七賢図」など、強いメッセージが籠められているのに感銘を覚えます。

 最晩年作の「石橋図」に至っても、極楽浄土へ渡る橋から、到達できずに次々転落する獅子の図は圧巻です。

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クリムトとフロイトの意外な関係

 前回のNHK新日曜美術館で、池内紀氏の解説でウィーンのことについて放送していましたが、特に画家クリムトについて興味深く感じました。

 装飾画家として才能を発揮したクリムトが、有名なエロスの名作を描くようになっていく背景について、漠然としていましたが、当時隆盛を極めつつあったフロイトの学説が大きな影響を及ぼしていたという話に、驚きと同時に合点がいくものを感じました。

 ウィーンの都市、リンクを中心にして、ヨーロッパ中の様式を持った建築が並び、文化もにぎわっていた熱い雰囲気が伝わってきました。

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大正の鬼才ー「河野通勢」展(渋谷区立松涛美術館)-「竹林之七妍」がとくに気に入りました

 大正の鬼才ー「河野通勢」展(渋谷区立松涛美術館)Kouno Michisei に行ってきました。

 画家自身、独自の技法を磨いて自信を持っていたとのことで、新発見の一連の作品には興味深く楽しめるものがありました。

 静物や風景、人物画に、基礎的な技術力と個性が滲むのを感じました。私はとくに独特の細密銅版画と、一部の想像力を駆使した油彩に惹かれました。

 「竹林之七妍」と題した十号ほどの油絵は、もっとも興味を引かれた作品でした。竹林を背景に、西洋東洋の美神が、独自の風俗の衣装で細密に描かれている幻想性に惹かれました。もしこの路線で、この画家がたくさんの作品を残していたら、大画家として称せられていたことでしょう。しかし、この一点だけでも、いっとき別世界に遊ぶ時間を楽しむことができました。

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新しい個展のテーマです!「水面翔る」水面に騒ぐ夢、生命のメタモルフォーズ(小山右人個展来年2月ぎゃらぃl朋にて)

小山右人個展

 来年(2009年)2月11日~2月21日ぎゃらりぃ朋(東京 銀座)での個展の新たなテーマです。水面を中心に、その上空や、深層で繰り広げられる様々の生命の形の変幻自在をお楽しみに!Photo_5

「水面翔る」(みなもかける テンペラ混合技法キャンバス10号M)

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「吉岡孝悦マリンバコンサートと絵画のコラボレーション」東京文化会館ステージの場面です

「幻想絵画とマリンバ、ピアノによる幻想曲コラボレーション」

 今年はじめ、1月6日に東京文化会館で開催されたコラボレーションのステージの一場面です。

 ふだん、多くの人前で話す機会などない私にとって、ステージに上がるなどということは、最近まで思ってもみないことでした。ステージ上からは、観客席が思いのほか暗く、最前列くらいの方々しかよく見えませんでした。真っ暗な海に向かってお話しているような錯覚さえ覚え、それで、ひどくあがらずにすんだのだと思います。話の最後に拍手をいただいたとき、たしかに大きな潮が押し寄せてくるような、感動的な盛り上がりを感じました。

Rimg1909 (DVDをパソコン画面で撮影したもので、不鮮明で恐れ入ります)

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コンサート満席ご来場ありがとうございました!ー絵画と音楽のコラボレーション(東京文化会館)マリンバ、パーカッション、ピアノ

 このたびは東京文化会館でのコラボレーションコンサートに、多数のご来場を賜りまして誠にありがとうございました。

 吉岡氏と中川氏の演奏は、さすがにエキスパートのこと、演出も含めて素晴らしかったです。ブラボー、アンコールの連続でした。今回、特に両氏の気合が入っているのが伝わってきました。マリンバというのが、こんなに幻想的で素晴らしい楽器なのだと、今までの中で一番強く感じました。

 私は、自分の拙作を展示して、ステージ上でご挨拶と、絵の簡単な説明をするだけでしたが、650名の聴衆の皆様を前に、しかもコンサートの場面でお話しするという初めての体験には不安と緊張を覚えました。しかし、この上ないお天気のよい気分に加え、リハーサルもあって、何とかお話できたかな?と思っています。作品の意図がわかって、その分面白かったと後ほどご意見をいただいて、ほっとしました。

Rimg1599_2 Rimg1600 (会場に作品を展示したところ)

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(休憩時間にたくさんの方々にごらんいただきましてありがとうございました)

花々や宇宙、星空の幻想絵画、妖精の幻想画、テンペラ絵画技法などを紹介するブログです

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コンサートまであと三日となりました!

 新春のコンサートまで、あと三日です。ステージ上に投影される絵画と、流れ出す音楽の情景が脳裡をよぎります。

 Marie PARRA-ALEDO氏から、フランス、リヨンの大学で、学生たちにこの絵画と音楽のコラボレーションのことをご紹介されたとのメッセージをいただきました。とても関心が寄せられたとのことでした。近い将来、このコラボレーションがフランスなどで実現するのも、夢ではないかもしれませんね。

 きょうは、とりわけ流れるように美しい花吹雪の画面のメロディーを思い浮かべていました。マリンバとピアノの幻想的な響きが、地上を離れた吹雪の情景を浮かび上がらせます。この部分で、絵画が連作のように移り変わるのが、なおさら花吹雪の渦をダイナミックに描き出します。

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「花渦」 Photo_2

「豊饒の精」

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もうすぐ新年のコンサート

 あけましておめでとうございます! 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

Rimg1574 (元旦のニャージュ)

 新春のコンサートが迫ってきました。吉岡氏から連絡があり、画家の生の声をステージ上で聞きたいという方々がいらっしゃるので、是非一言とのこと。口下手のぼくのこと、せっかくのコンサートをしらけさせてはと、お断りしたかったのですが、吉岡氏がリードするので是非と懇切にお勧めいただき、腹を括ることにしました。

 さてどんなメッセージをステージでお伝えしたらいいのか、初夢の床の中で考えました。あれこれ思う中、やはり自分がどうして絵を描く魅力の虜になっているか、それを端的にお話できればいいのではないかと思いました。

 やはりなんといっても、かつて自分が作品の前に佇んで、心を奪われた体験が忘れられません。それがいつしか、自分でもそんな作品を実現したいという思いに変わり、その夢に向かっていろいろ工夫し、駆けてきたような気がします。ただの絵の具とキャンバスの混合体に過ぎない物質が、ある瞬間から作品としての不思議な力を帯び始める瞬間の魅力は、心を捉えて放しません。

 しかも、それが人に伝わり、同じように、あるいは、自分でも思いがけないような姿と強さで感動を生み出すのを目の当たりにする喜びは、ほかには換えがたいものです。

 昨年の三月の個展で、吉岡氏に拙作をご覧いただいたとき、氏の体が踊り出さんばかりに全身音楽で感じているのが伝わってきたのは、初めての強い驚きでした。それだけ氏の感性と、創造性に、深い信頼と本物である証明を見たきがしました。

 そのようなことを、お伝えできれば幸いですが、うまくできるかどうか心配でもありますので、ここに記すことができたのは、よい機会だと思いました。

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響け!「マルドロールの歌」(ロートレアモン)Les Chants de Maldoror 詩と幻想絵画

幻想絵画と詩歌の交感

響け!「マルドロールの歌」Les Chants de Maldoror

新春のコラボレーション・コンサートに、ロートレアモン(Isidore Ducasse)の「マルドロールの歌」を想いました。

 Marie PARRA-ALEDO氏が来日の際に、フランスからのお土産にいただいたGallimard版とGF-Flammarion版は、珠玉の宝物として、机の脇の書棚にはいつも置いています。

 今日は特に、この毒気さえ帯びた深い叫びが心の中に響き渡り、新春のコンサートホールに響く幻想的な音色を強く喚起しました。

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ニューイヤーコンサート(Collaborate with Music & Painting)

Takayoshi Yoshioka New Year Marimba Concert

2008年1月6日(日)14時開演(13:30開場)

東京文化会館小ホール

全自由席 前売り¥4000(当日¥4500)

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幻想絵画と音楽の融合

「幻想絵画と音楽の融合」

 来春の絵画と音楽のコラボレーションが近づいている。日が迫ってくるにつれ、いろいろなことを考えるようになった。吉岡氏との偶然の出会いを通じて訪れた稀な体験と思うと、なおさら貴重な時間について、ためつすがめつ様々な角度から考えて、楽しみを噛み締めたくなる。

 吉岡氏が、最初に拙作をご覧になったとき、まさに体から音楽があふれ出し、踊りだしそうなのが実感されたのは、絵を描いてきて初めての驚きの体験だった。--絵を音楽で(リズムやメロディー)で見る人がいる! --自然のことながら、特別の才能を持った人から印象的に発見させられた。思えば、絵を描くときに、発想の源に音楽に近い部分があることも感じた。

 絵画と音楽を高いレベルで融合して演奏会に仕立て上げられるのも吉岡氏の才能だが、それが、かつての演奏会とは大きく隔たった感覚と興味を呼び覚ますることに、関心が引き付けられて止まなかった。たぶん、そこには、視覚と聴覚の融合が、美の感覚を相乗効果で呼び覚ますことがあるのだろう。

 ステージは、視覚と聴覚の融合の壮大な実験の場となるのだ。観衆は、その新鮮さと、融合の実験の成否に息を呑んで見守ることになる。そこに興奮とかつてない美の感覚がかもし出される秘密の核心があるのかもしれない。

Takayoshi Yoshioka New Year Marimba Concert

Tokyo Bunka Kaikan(Ueno Toky Japan)

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New Year Concert

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YUJIN KOYAMAのテンペラ幻想絵画

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日本芸術療法学会(花村誠一先生会長)のポスター「夜の想い」夜の幻想画ーアートセラピー、芸術による癒し

第39回日本芸術療法学会(花村誠一会長)のポスターに、拙作の「夜の想い」(油彩 10号Fキャンバス)をご採用いただきまして、誠にありがとうございました。

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 学会にご招待いただきましたことに、心より感謝申し上げます。花村誠一先生の長年のライフワークが凝縮した熱いご講演には、一言も聞き逃すまいと引き込まれて、大変感銘を受けました。心の奥深くにお話が進むにつれ、なぜか宇宙の物理学の理論を聞いているような錯覚さえふと覚えました。

 「ベケット ライブ」等でご活躍の俳優 鈴木理江子氏のジョイスの小説等の朗読とコラボレーションする形でのご講演は、まさに言語の極限を極めた作家の心性を掘り下げながら展開されました。

 日常生活や仕事、芸術面で日ごろ考えていることを、崩壊寸前の言語にまで解体して、もう一度様々な面から考え直す衝撃的な迫力のものでした。数日たった今も、折に触れて疑問だったこととお話の内容がぶつかり合い、新たな枝葉を伸ばす自問自答が続いています。

(絵画療法 アートセラピー)

芸術療法・アートセラピーの本

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GALLERY藍染(台東区池之端 三四郎の歩いた道)での個展 新鮮な体験でした

 ちょうど十回目になる個展でしたが、由緒ある日本家屋のギャラリーというのは経験がなくて、初めてのような新鮮な体験でした。(10月18日~23日 GALLERY藍染にて)

 たぶん、古典技法のテンペラ絵画と和室は良く合うだろうと、おぼろげにイメージしていましたが、実際に展示してみるまでは、見当もつかない部分もありました。

 しかし、展示したときの写真をご覧ください。

Exposition Yujin Koyama

Gallery Aisome(Ikenohata Tokyo Japan)

Fantastic Picture of Japan

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 昭和六年に建築された日本家屋の温もりの中に、一日ごとに絵も溶け込んでいくような感じがしました。とりわけ、時間の移ろいの中で、庭からの外光を受けて、画面の色彩、絵の存在感も変わっていくのが、ビルの中の画廊では体験したことのない感動でした。

 ギャラリーのご主人様に、細かいお心遣いをいただき、貴重な機会をお与えいただきましたことに大変感謝しております。また、ご来場いただきました皆様から、このような画廊での展示が意外で、作品とも雰囲気が合っていると、おっしゃっていただけたのが、何よりも嬉しかったです。

 文学的情趣豊かな池之端の町に建つこの家屋について、十一月十日土曜日のテレビ東京、「出没アド街ック天国」で紹介されるそうです

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「繁茂」(Exube'rance テンペラ混合技法 10号Mキャンバス)

今回の案内状に使用した作品です。沖縄にはじめて行って、植物や生命の繁茂に圧倒されたとき、なぜか子供のころ、貝殻や虫が宝物だったときのことを鮮明に思い出す、恍惚の体験をしました。

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夏目漱石 三四郎が歩いた町「GALLERY藍染」での個展も間近です

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「華の精」 F6号 テンペラ混合技法

 9月16、17日に開催されました四ツ谷の「石響」ホールにてのマリンバとピアノとのコラボレーションには、厳しい残暑の中、二日とも満席のご来場を賜りまして誠にありがとうございました。会場は、大変な熱気と緊張に包まれ、私も、ずっと吉岡氏、中川氏の独創的な演奏に、身じろぎもせずに聴き入っておりました。

 打ち上げ会がまた、個性の強い芸術家の言いたい放題の活気あるものになり、そっくりそのまま面白い小説の一場面にいるような感じでした。久々に楽しいパーティーに臨むことができました。

 ご好評をいただき、このコラボレーションは、来年の1月6日に、上野の東京文化会館でも開催されることになりました。その際にも、是非よろしくお願い申し上げます。

 さて、往年の文豪たちが歩き集った文学的情趣の濃い街、上野公園や不忍池に近い池之端の「GALLERY藍染」での個展も迫ってまいりました。昭和初期に建てられた由緒ある日本家屋のギャラリーで、どうぞおいしいコーヒーを召し上がりながら、いっときテンペラ絵画をお楽しみ下さい。

「小山右人個展」 

 三四郎の歩いた道、池之端の文学的由緒ある日本家屋での個展です。

 歴史的日本家屋にしっくりのテンペラ絵画と、物語世界に乞うご期待!

 2007年10月18日(木)~23日(火)

 10時~18時(最終日17時まで)

 GALLERY藍染(東京都台東区池之端4-14-2)

 Tel 03-3824-1504

 

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幻想絵画とマリンバ、ピアノのコラボレーション

 マリンバとピアノが繰り広げる演奏のステージに大写しにされた絵画から音楽が流れ出します。普通の演奏会とも展覧会とも異なる、コラボレーションまで、もう一月を切りました。ぼく自身も、胸躍る思いです。Rimg1100_2

開催中のグループ展、コラボレーション、個展のご案内です

「Melody of Colors2」展

 松岩邦男氏企画のグループ展 2007年8月20日(月)~26日(日)

 12時~19時(最終日16時)

 Gallery銀座一丁目 (東京都中央区銀座1-9-8奥野ビル4F)

 Tel 03-3535-0522

「Marimmba in Gallery」

 吉岡孝悦氏のマリンバ、中川俊郎氏ピアノ演奏による、絵画の中から音が溢れる絵画と音楽のコラボレーション。

 ステージ上に大写しになった絵画作品から、演奏とともに音楽があふれ出す眺めは圧巻です!

 2007年9月16日(日)、17日(月・祝)

 音楽会16時~17時45分

 コア石響(東京都新宿区若葉1-22-16 最寄り駅は四ツ谷)

 チケット前売り3000円 (当日3500円)

 予約・問い合わせ コア石響 Tel 03-3355-5554

「小山右人個展」 

 三四郎の歩いた道、池之端の文学的由緒ある日本家屋での個展です。

 歴史的日本家屋にしっくりのテンペラ絵画と、物語世界に乞うご期待!

 2007年10月18日(木)~23日(火)

 10時~18時

 GALLERY藍染(東京都台東区池之端4-14-2)

 Tel 03-3824-1504

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幻想絵画(テンペラ技法)の新作と、今後の展覧会

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「夢幻」F6号(テンペラ技法)

「Melody of Colors2」展

 松岩邦男氏企画のグループ展 2007年8月20日(月)~26日(日)

 12時~19時(最終日16時)

 Gallery銀座一丁目 (東京都中央区銀座1-9-8奥野ビル4F)

 Tel 03-3535-0522

「Marimmba in Gallery」

 吉岡孝悦氏のマリンバ、中川俊郎氏ピアノ演奏による、絵画の中から音が溢れる絵画と音楽のコラボレーション。

 ステージ上に大写しになった絵画作品から、演奏とともに音楽があふれ出す眺めは圧巻です!

 2007年9月16日(日)、17日(月・祝)

 音楽会16時~17時45分

 コア石響(東京都新宿区若葉1-22-16 最寄り駅は四ツ谷)

 チケット前売り3000円 (当日3500円)

 予約・問い合わせ コア石響 Tel 03-3355-5554

「小山右人個展」 

 三四郎の歩いた道、池之端の文学的由緒ある日本家屋での個展です。

 歴史的日本家屋にしっくりのテンペラ絵画と、物語世界に乞うご期待!

 2007年10月18日(木)~23日(火)

 10時~18時

 GALLERY藍染(東京都台東区池之端4-14-2)

 Tel 03-3824-1504

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幻想絵画の個展の様子と、次の展覧会のお知らせ

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「孵化(Eclosion)」(テンペラ混合技法 変形60号キャンバス)

 今年三月の「ぎゃらりぃ朋」での個展にご来場いただきました皆様には、心より感謝申し上げます。その後次々にお誘いやご縁が広がり、個展やコラボレーションの予定が決まりましたことを大変うれしく存じております。ご好意にたがわぬよう、今後も細心の努力を積み重ねてゆきたいと思っております。何卒宜しくお願い申し上げます。

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今後の出品展覧会

「Melody of Colors2」展

 松岩邦男氏企画のグループ展 2007年8月20日(月)~26日(日)

 12時~19時(最終日16時)

 Gallery銀座一丁目 (東京都中央区銀座1-9-8奥野ビル4F)

 Tel 03-3535-0522

「Marimmba in Gallery」

 吉岡孝悦氏のマリンバ、中川俊郎氏ピアノ演奏による、絵画の中から音が溢れる絵画と音楽のコラボレーション。

 ステージ上に大写しになった絵画作品から、演奏とともに音楽があふれ出す眺めは圧巻です!

 2007年9月16日(日)、17日(月・祝)

 音楽会16時~17時45分

 コア石響(東京都新宿区若葉1-22-16 最寄り駅は四ツ谷)

 チケット前売り3000円 (当日3500円)

 予約・問い合わせ コア石響 Tel 03-3355-5554

「小山右人個展」 

 三四郎の歩いた道、池之端の文学的由緒ある日本家屋での個展です。

 歴史的日本家屋にしっくりのテンペラ絵画と、物語世界に乞うご期待!

 2007年10月18日(木)~23日(火)

 10時~18時

 GALLERY藍染(東京都台東区池之端4-14-2)

 Tel 03-3824-1504

 

 

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幻想絵画の三面作「孵化」が完成しました!

 三月の個展に出品する幻想画の三面の中心作「孵化(絵画と物語の接点)」が完成しました。テンペラ技法による幻想絵画です。

東京、銀座一丁目の「ぎゃらりぃ朋」にて、2007.3.21~3.31(日曜休廊)、開催いたします。どうぞ、お気軽にお立ち寄りください!

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小山右人個展

        2007年(平成19年)3月21日ー3月31日(日曜休廊)

        ぎゃらりぃ朋

        東京都中央区銀座1-5-1 第3太陽ビル2階

        tel/fax 03-3567-7577

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幻想絵画、三面の作品の二面まで達しましたー星と楽園の幻想絵画、動物の幻想絵画

 三月の個展もだいぶ近づいてきました。メインの三面構成の「孵化」(テンペラ技法による幻想絵画)も、両脇の世界を構成する二面まで達しました。今年も、沖縄の西表島のジャングル探検と、星空の圧倒的な美しさを存分に吸収して、仕上げに向かいます。

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小山右人個展

        2007年(平成19年)3月21日ー3月31日(日曜休廊)

        ぎゃらりぃ朋

        東京都中央区銀座1-5-1 第3太陽ビル2階

        tel/fax 03-3567-7577

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幻想絵画と物語の接点

 まもなく、物語を表現した全体の三部作が完成する予定です。その一面の作品です。三月には、個展も予定しています。

(「美神の舞」M10号 三部作「孵化」の一面です)

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(「アジアの土から生まれた女神と命の物語」 前回出品の三部作の部分です)

     小山右人個展

        2007年(平成19年)3月21日ー3月31日(日曜休廊)

        ぎゃらりぃ朋

        東京都中央区銀座1-5-1 第3太陽ビル2階

        tel/fax 03-3567-7577

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ウスマン・ソー(Ousmane Sow)の彫像(パリ ポン・デ・ザールでの展示)の迫力

 アフリカの土と大地と解け合うようなウスマン・ソーの彫像には圧倒されるものがある。私は残念ながら実物を目の当たりにしたことはないが、FranceTVで紹介されているのは何回か見たことがある。

 パリのポン・デ・ザールでの陳列が、人々の関心を強く引き付けている映像の紹介があったが、土の匂いがする群像が、あれだけパリの市中に突如出現したら、さぞ新鮮な驚きを呼び覚ましただろうと想像に難くない。

 アフリカの土着の人間よりも、もっと土に密着した人間と動物の像、子供に乳を与える母の土と入り交じった温もりのある姿、ダイナミックな闘士と動物の躍動の姿

 日本でも紹介されていると報じられていたから、展覧会は何度かあったのかもしれない。私には、今のところ巡り合う僥倖がなかったが、今後は注意のアンテナを張り巡らしておきたい存在である。

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ゴーギャンの「果実をもつ女」大エルミタージュ展

 大エルミタージュ展で、一点だけ気に入ったのは、ゴーギャンの「果実をもつ女」だった。

 仕事の移動の合間に、ちょうど美術館に飛び込めるチャンスがあっただけに、ふいにゴーギャンに出くわしたような懐かしさがなお強かった。粗い麻のキャンバス地に描かれた南国の女の肌が、調和していた。写真ではなく、実物の作品と向き合える楽しみは、案外絵の地肌まで感じることができるところにあるのではないか。

 かつて、マドリッドのプラド美術館で、ヒエロニムス・ボッシュの「悦楽の園」と対面したとき、木の地肌に、うっすら下書の線描が見えて、ボッシュを身近に感じた感動を思い出した。

 ゴーギャンの作品の絵葉書は、私の書斎のにぎやかな思い出の小物たちに仲間入りすることとなった。

 ちなみに、夕刻の紅葉した上野公園で、街頭歌手がギターと共に歌っていた尾崎豊の「アイラブユー」が、隅々にまで染み渡るように流れていた。音楽が、空気と溶け合うものなのだということを実感する、不思議な体験だった。

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映画「バーディー(Birdy)」(アラン・パーカー監督)の鳥へのピュアな感覚を思い出して

 アラン・パーカー監督の映画「バーディー」に込められた鳥へのピュアなこだわりを思い出して、久しぶりに見てみた。十数年来も、折に触れて甦ってくるものがあった。

 年月を経て、記憶が濾されて、心に残っていたものと、実際の映画がすっかりずれてしまっているのも、興味深いことだった。なぜか私の記憶からは、登場する二人の親友がベトナム戦争で深い痛手を負った青年である部分はすっかり飛んでいた。私の中に濃く残っていたのは、主人公の青年の鳥への強い執着だった。それが、鳩の群れの羽根の温もりとして、感覚的に記憶に染み付いていたようだ。そこまで、この作品に説得力があった証しでもあるのだろう。

 再び見て、製作者の想像力に富んだ鳥への思いの断片が、幾重にも重ねられた詩情の豊かさを感じた。激しい精神の起伏もあるが、その間に挿入される情景への気配りと描写は意外に繊細である。とくに、カナリアを巡る青年との関わりの部分は、他には決してありえないだろう。

 青年の鳥への熱い思いは、自分も鳥であるという観念にまでとっくに高まっており、鳥のように飛びたいというあくなき試みにまで発展していく。それだけでも、狂気の天上に迷い込んでいく契機は十分に含まれている。ベトナム戦争による精神的外傷が、青年を緘黙の狂気に追いやったという筋書きがなくても、強い説得力はある。私の中でも、自ずと純粋な鳥への思いの部分が残ったのも、そんな編集の力が無意識のうちに働いていたのだろう。

 また新たな発見とともに心に染み付く一作となった。

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ダニエル・オスト(Daniel Ost)氏の東寺での花の展示に恋焦がれて

 小説の原稿を、渋谷の郵便局で出版社に速達書留で送り終えて、宮益坂を登りきり、なぜか必ず立ち寄る青山のフローリストの店がある。季節ごとの店頭のフラワーアレンジメントの妙に、原稿を書き終えた解放感が報われる。

 たしか、夏の終わりのほおずきの鮮やかな色彩のアレンジメントは印象的だった。そして、決まって店の奥にある椰子や南国の植物が豊富な店内をいっとき歩き回るのが楽しみになっている。

 最近、その店頭に、世界的なフラワーアレンジメントの専門家、ダニエル・オスト氏の京都、東寺での花の展示の案内があり、チャンスがあれば、是非行ってみたいと思っていた。

 なにせ、「弘法大師・空海が帰朝してから1200年。記念となる今年の秋、世界各地の歴史的建築を舞台に美しい花の造形を創り続けてきたベルギー王室御用達のフラワーアーティスト、ダニエル・オストが弘法大師の聖地として知られ、真言密教の総本山である世界文化遺産・東寺において、かつてない花の芸術に挑みます」とパンフレットにはある。しかし、残念ながら、展示の期間は明日、十一月二十四日までで、チャンスを逸してしまいそうだ。

 どなたか、行かれた方から感想でも伺えれば、どれほど幸いなことか。弘法大師、世界遺産、ベルギー王室御用達のフラワーアレンジメントとやらが、いったいどんな結びつきを見せるのだろうか?

Photo 「花朧」(テンペラ混合技法)

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吉村順三設計 天一美術館(岸田劉生の麗子像)を再び訪ねて 夢の建築空間 

 谷川岳の厳しい山懐にある秀逸な美術館を再び訪れる機会があった。建築家、吉村順三氏晩年の傑作のこの美術館の印象は、心の中にずっと刻み付けられていたような気がする。

 一個の建築が、神秘の光彩を放って心の片隅に住み続ける珍しい例だ。

 こじんまりしていながら、山の風景の中に蹲るように建つ内部に入ると、思いがけなく広い空間と、大きなガラス窓一杯に広がる山の眺めに圧倒される。

 紅葉の最盛期で、小雨に煙った向こうの山を、ゆっくり霧が昇っていく。岸田劉生の「麗子像」や梅原龍三郎、安井曽太郎、マチス、ピカソなどの絵画や陶器の名品をじっくり鑑賞した後、時間を忘れて山の自然に溶け込む時間を味わった。

吉村順三の参考書籍

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幻想絵画(テンペラ混合技法) 幻想画家の個展 夢の絵 想像の絵 夜空の絵

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(テンペラ混合技法 F6号)

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神殿の奥には、何やら透明なカプセルの中にうずくまる女神がいる。時間か空間のカプセルだろうか。あるいは固く心の扉を閉ざした見えない膜のようなものだろうか。

 それを解かそうと、外から温かい手をかざす、心に達する力を帯びているらしい人の姿もある。

 ちょうど九州の天岩戸神社に祀られた、神話の始まりの洞窟の神秘に打たれた頃に描き始めた作品だったせいだろうか。発想の出発点は、そんな神話の原点にあるような気がする

       

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澄み渡った星空の中、心が宇宙に溶け込み、無限に広がっていくように感じられる瞬間

                         小山右人個展

        2007年(平成19年)3月21日ー3月31日(日曜休廊)

        ぎゃらりぃ朋

        東京都中央区銀座1-5-1 第3太陽ビル2階

        tel/fax 03-3567-7577

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幻想画「アジアの土から生まれた女神と命の物語」 Le conte de la déesse et la vie produit de la terre d'Asie

Azia_no_tutikara_1 (写真上をクリックしてください。拡大されます)

アジアの土から生まれた女神と命の物語 Le conte de la déesse et la vie produit de la terre d'Asie(変形六十号 テンペラ混合技法)

 雪国育ちの私にとって、雪解けの季節は格別だった。明るい陽射しの華やぎの中、ぬかるんだ道に残雪にまみれた春泥が作り出す無限に豊かなイメージに惹かれた。たぶん私の絵の原点も、そこにあったような気がする。描き続けるうち、自ずと雪解けの世界に立ち返り、さらにその深奥の心の故郷に導かれていった。遠い昔の記憶を呼び覚ますユーラシア大陸奥深くの砂漠の土を実際に背景に用いると、そこから生まれる女神たちの姿が次々に湧き出した。

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       小山右人個展

        2007年(平成19年)3月21日ー3月31日(日曜休廊)

        ぎゃらりぃ朋

        東京都中央区銀座1-5-1 第3太陽ビル2階

        tel/fax 03-3567-7577

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有賀和郎氏のお声かけにより、夢がまた一つ生まれました!

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(Marinba in Galleryのパンフレットより)



画家の有賀和郎氏のお声掛けで、東京、四谷で開かれた絵画と音楽のコラボレーションによるコンサート兼展覧会に、初めて行ってきました。作曲家で マリンバ・パーカッション奏者の吉岡孝悦氏、同じくピアニストの中川俊郎氏が、ステージ中央にプロジェクターで次々に映し出される画家たちの幻想的な絵画に命を吹き込む熱演をすると、これまで画廊や美術館で作品を見てきたのとはまったく異なって、絵画が動き出したり物語を語り始めるのは驚異的な体験でした。
 私にもかつて若いピアニストの方からコラボレーションのお誘いがあって、興味はあったのですが、どうやったらいいのかわからず、立ち消えになってしまっていたこともありました。それだけになおさら、いつか自分もこんな機会が持てたらと、将来に強く新鮮な夢をまた一つ抱くことができました。

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北海道大学庭園の安息 癒しの空間

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 最近訪れた北海道大学庭園の寛ぎには、また新たな絵心を刺激されました。ゆったりした空間と、豊かな緑に、仕事の疲れも忘れていました。とくに睡蓮の池は、人が近づいても逃げない鴨がのんびり過ごしていて、時の流れも緩やかに感じられます。睡蓮の間から、空の光を反映した池の水面の美しさは、深く心に刻まれました。

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西表島の亜熱帯密林に一瞬見たファントムと最近作

 今年の初め、西表島の鬱蒼とした亜熱帯の密林を彷徨った記憶がしばしば甦ってきます。 雨季に当たり、当日はどしゃ降りで道もひどくぬかるんでいました。Rimg2301_1濃い樹液の匂い
が籠った細い道に足元がくらむような眩暈を感じたとき、ふとファントムの
影が過るような気がしました。最近描いた幻想画の中に、その姿が再び現れるのを見たような思いがします。

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高野山 奥の院まで歩きました

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 最近仕事で高野山を訪れ、奥の院まで歩いて参詣する機会がありました。古く荘厳な寺院の建物と、鬱蒼とした杉の古木と苔に覆われた霊気漂う参道には心洗われました。高僧から空海 弘法大師のお話を伺う機会もあり、その深い信仰心と徳の一端にも触れることができました。空海が四国の出身で、特に四国の地に篤く信仰を説いて歩いた足跡を伺い、思えばその地の寺々を訪れたときに感じる、深みのある空気と通じるものをここにも見出しました。空海の呼吸を感じた最初の体験になったようですが、今後この感じを原点に、四国の寺をゆっくり歩いて回る機会を期待しています

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「グラディーヴァ」(ポンペイの幻想小説)再読

 何か華やかな夢の小説を読みたくなって、 「グラディーヴァ」W・イェンゼンを久しぶりに再読しました。ポンペイの遺跡から発掘されたと思しき、若い女の歩く姿のレリーフに見惚れるうち、ついには夢と現実の境も見失い、飲み込まれていく大学の考古学の講師、ノルベルト・ハーノルト。幻とか、妄想、夢にまで現実の手触りを与え、様々なイメージが華やかに展開していく豊かさは、何度読んでも色褪せません。彼女が現れるところまで、空間的にではなく、実は夢の中、自分の内奥へ徹底的に追い求めていく心の襞の展開には引き込まれ、迷い込む一種の眩暈さえ引き起こされます。数日、頭の片隅に余韻が響きそうです。

Rimg2253 最近描いたテンペラ画の中に朧げに現れた女人像は、そういえばこの「グラディーヴァ」の姿とどこか通じるところがあるかな?

(幻想画の作品と展覧会のホームページですhttp://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html)

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葛飾北斎の八方睨み鳳凰図 岩松院 小布施

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 長野の小布施に仕事で行く機会があり、約一年ぶりに岩松院を訪れました。画狂老人北斎の最晩年の名作といわれる八方睨大鳳凰図の天上画があるので有名な寺院です。真夏の風が吹き抜ける薄暗い御堂の天井に、相変わらず色褪せずに八方を睨みつける大鳳凰が色鮮やかに羽を広げている姿は圧倒的です。思わず老いた画家が薄暗い空間で動き出し、描いている姿が甦りそうにもなります。

 どうやって百数十年も前にこれほどの大作を描き、現在も歪みなく存在することができるのか、その精緻な作業のにぎやかさまで、蝉の声を運ぶ風の中に浮かんでくる想像豊かな御堂の奥深さを感じます。

 名画に圧倒された後、自然の風に身を任せて一服できる近くの茶店は、前回同様気に入った場所です。昔のままの夏がここにあると、しばし感じ入りました。

(テンペラ技法による幻想絵画 幻想画家ユージンのブログ)

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日本画の幻想体験 伊藤若沖の展覧会

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「若冲と江戸絵画展」に行ってきました。鳥獣をテーマにした、現実から少し離れたエキセントリックな絵画の空間をいっとき漂っているようでした。名作ぞろいで見ごたえのある展覧会だと思います。河鍋暁斎、や芦雪の作品もよかった。お盆休みの混雑した場内で、人込みを押し分けて観覧する熱気の中にも、幻想絵画の不思議な空気が渦巻いており、今、執筆中の小説が、気体のような幻想世界でリアリティーを持つかどうか際どいところだっただけに、厚い手ごたえを与えられた感じもしています

(テンペラ技法による幻想絵画の作品と展覧会のホームページです)

http://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html

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西表島で見た汚れない宇宙の広がりを夢想しつつ新作を描いてみました 

 テンペラ技法によるのファンタスティックな絵画の新作です。0号の小品ですが、宇宙的な広がりと星空の圧倒的な美しさをイメージした作品です。発表は来年三月、いつもの銀座一丁目の「ぎゃらりぃ朋」です。まだ間がありますが、少しずつご紹介していきたいと思います

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これまでの展覧会、夢想、ファンタジー、イマジネーションを中心にした作品のホームページです

http://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html

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Exposition de peinture de de'trempe YUJIN KOYAMA 柔らかなテンペラ画の世界

テンペラ絵画個展 

新しいカメラで、個展に出品した作品の中央部分を撮ってみました。RIMG0041 柔らかなテンペラ画のディテールも鑑賞いただけると思います。RIMG0051 両脇の天使のような女性が捧げ持つ壷から光や蝶や花弁が溢れ、渦巻きながら豊饒の池と大地に吸い込まれていく部分に特に手数を要しました。黄金の光の渦の中に点描的な手法でアクセントを入れていくところが微妙でもあり日々深みが増していく楽しい部分でもありました。

 光の渦の周りには、亜熱帯の植物園で一瞬過った夢のような陶酔の中に浮かんだ幻の情景を浮遊させました。RIMG0045 圧倒的な生命力を感じさせる植物の繁茂と咲き乱れる花々の鮮やかさがなんともいえません。そんな楽園の中で、好きな動物たちと戯れる夢が好きです。濃いブルーの背景に、淡い星影が浮かぶ情景に、むしろ北方的な作品だと、個展の会期中におっしゃった方が何人かいらっしゃったのは意外でした。

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以前のカメラに比べて、細部がより明瞭にご覧にいただけますでしょうか?

「アジアの土から生まれた女神と命の物語」

個展全体の様子はホームページをご覧くださいhttp://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html

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厳島神社の夜景 幻想の体験

 かつて広島県宮島の厳島神社を訪れたとき、夜の海に神社が浮かび上がった幻想的な光景です。RIMG0474 RIMG0501 初秋の空気の中に、散策する目の前で展開する海の神社の夜景は、心をも別世界に連れ去りました。

 沖の海中に立つ大鳥居です。RIMG0485 やがてその中を、明かりを灯した屋形舟が潜ります。RIMG0491

 

 

翌朝、潮が引いて、昨夜の幻想的な眺めが嘘のように砂地が現れているのは驚きでした。確かめるように砂地を歩き回り、昨夜の光景を心に噛み締めました。自然の雄大な現象の中に、昔このような神社が作られたことに深い感動を覚えました。RIMG0506 RIMG0529

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ETAホフマン「砂男」

 ホフマンのことを一言書いたら、検索で訪れて下さる人が多いのに、少し驚いています。やはり根強い人気があるのですね。

 ぼくも、とくに「砂男」は、思い出したように時々読む短編です。一見荒唐無稽のようでありながら、砂男というひとつの不気味な人間のイメージが、自在に変形しながら、人の自我の間を飛び歩き、小説世界のリアリティーをかろうじて保っている絶妙さに惹かれるせいではないかと思っています。

 フロイトの「不気味なるもの」という分析で取り上げられたのでも有名な小説ですが、おそらく自分の中でもいつのまにか抑圧されていた、子供のころ、季節風の吹き叫ぶ中で恐怖の話しを聞かされた昔の自分に出会わされるスリリングな体験をそのたび味わっているのかもしれません。

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京都の大山崎美術館に見る伝統とモダンをつなぐハイブリッド美術館

 京都の大山崎山荘美術館を訪ねる機会がありました。

 睡蓮が咲く池に臨む旧館と、安藤忠雄氏設計の新館が違和感なく結合して、地中に通じる館内には、外の池を髣髴させるモネの絵が展示されていました。瀬戸内海の直島の地中美術館で、大理石の無音の部屋でモネの絵に対面した神秘的な空間を思い出しました。

幻想画家ユージン http://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html

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翼のない天使

 ナイト・シャマランの「翼のない天使」をヴィデオで見ました。神様を探す少年に託された、見えない世界、彼岸の世界への一貫したシャマランの探求を深く感じさせる作品でした。最も厳格なアメリカのキリスト教学校の中で、神様をあまりにも真摯に探す余り、東洋的な神秘の世界にも触れ、少年の周りで文化的な衝突が展開されるのは、現代の世界の人々が直面している問題を象徴しているようで興味深い場面でした。インド系のシャマランが、アメリカ社会の中で、先鋭に浮かび上がる思いを体現した作品と感じました。

 「シックスセンス」「ヴィレッジ」にも貫かれた主題を深く感じました。

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荒川修作氏とマドリン・ギンズ氏の自己実現の場 不思議な空間体験

「養老天命反転地」という一風変わったアート庭園を数年前に訪れた印象が、今なお鮮やかに残っています。大垣駅から近鉄養老線で行くこの知る人ぞ知るアート空間は、いったい何で、何のために作られたのか戸惑わされます。私も知り合いの画家の紹介がなければ、訪れる機会を逸するところでした。

 すり鉢型の大きなアート庭園には、傾いた建物、壊れた壁、家具、樹木、滑りやすい急斜面など見慣れない光景が展開しています。

 上空から見ると、この土地には日本地図が描かれていて、ちょうどここが世界のへそに当たって、現代の矛盾したあらゆる秩序がここで反転する構想なのだそうです。荒川修作氏と、マドリン・ギンズ氏の壮大な構想が実現されているのを見る思いがしました。RIMG0044 RIMG0027 RIMG0045 RIMG0040 RIMG0046

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ウィリアム・ブレイクの画集と、ETAホフマンの原書 夢の絵画

 きょうは、神保町で仕事があって、そのついでに古書店に寄りました。棚一杯に積まれた古書の中で、ウィリアム・ブレイクの画集に惹き付けられ、しばしページを繰りました。神秘的な水彩画の中でも、ぼくは特に神聖な動物と女神の解け合った絵が好きです。

 それから、ETAホフマンの原書が積み上げられているのにも感激しました。「砂男」とか「悪魔の霊液」などの原書を枕元の本棚において眠れるような生活になったら、夢のようですね。

Photo 「夜の想い」(油彩キャンバス10号F)

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描きつつ絵が語りだす物語世界 内面の絵画 心の深層の絵

 深海から水面へ弾け出したような大きな泡の中に閉じこもり、何やら俯くような少女の姿がある。その周りを、不安定な高台に乗った人物達が取り囲む。薄い泡の皮膜から少女が出るように促すようでもある。外側から何やら力を与えるようでもある。少女が閉じこもる皮膜の中には真紅の花も咲き果実も実っている。成熟と脱皮は近いのかもしれない‥‥。しかし、答えは作者にもわからない。少しずつ、単調にならないようにこの作品を育てながら明日も描き続ける

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「小山右人個展」に出品の絵 テンペラ混合技法による幻想絵画

 最近の展覧会に出品した絵画作品のサイトです。RIMG0014

(湖の夢 F6号 テンペラ混んそ合技法)

テンペラ技法による小山右人の幻想画http://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html

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テンペラ技法による小山右人幻想絵画展

 RIMG0024 出品した最近作です。テンペラ技法による幻想画です。今年の五月から六月、銀座の画廊で個展を開いた際に、案内状にも載せた作品です。

(黄金の果実 F6号)

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テンペラ技法による幻想絵画

 RIMG0307 最近描いたテンペラ技法による幻想絵画です。卵黄に色素を混ぜて、あとは水彩画や油絵と同じように描いてゆきます。

(アジアの土から生まれた女神と命の物語 変形六十号中央部分)

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とっておきの美術館

 谷川温泉にある天一美術館に、最近行って感動しました。谷川岳の雄大な眺めを見渡せるように入念に設計された建築空間には、他ではない安らぎを覚えました。室内の木の素材や備品なども、細部までよく選ばれたものでできたものを感じます。岸田劉生の「麗子像」の所蔵は有名ですが、他のコレクションも小粒ながら、とても貴重な作品として引き立つのが妙です。観賞の後には、一人ずつハーブティーでもてなされ、ゆっくり山の風景を見ながら寛げる心遣いも嬉しいです。(写真撮影がいっさい禁止で、紹介できないのが残念です)

 上越から水上方面へお出かけの際は、一見の価値があると思いました。

テンペラ技法による幻想画の作品http://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html

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自分探しの旅立ち

どんな自分が、ブログに旅立って見つかるだろう。よろしくお付き合いください

テンペラ技法による小山右人の幻想絵画の世界

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カフカの言葉

描けない日には、カフカの苦渋の言葉を思い出します。父の重圧の元、仕事に忙殺されて一行しか小説が書けなかった日の苦しみを、彼がどこかに書き記していたのを思い出しました。

 せめて最近がんばった作品を見てください

小山右人の絵画の世界http://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html

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幻想画家ユージンのブログデビュー

はじめまして

 ブログデビューです。主にテンペラ技法による幻想画の紹介や、画家の目を通した日々の出会いをつづっていきたいと思います。

 最近の作品や個展は下記のホームページかリンクをご覧下さい。

テンペラ技法による小山右人の幻想絵画

http://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html

 今朝の東京は、いくらか過ごしやすかったですね。渋谷の近くの公園で、ふと濃い緑の樹林の中に紛れ込んで、都心にも、こんな山の中のような場所があったかと、一瞬面食らいました。

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