「海の沈黙」ヴェルコール原作:ジャン=ピエール・メルヴィル監督を見て

「海の沈黙」ヴェルコール原作:ジャン=ピエール・メルヴィル監督を見て(岩波ホール)

 グローバリゼーションの世の中ですね。フランスに向け発送した絵画作品が、わずか三日で届いたと報せが入りました。Marie Parra-Aledo氏も張り切って、このインターネットの便利な世の中、展覧会の様子を動画で発信してくれるとのことです。

 さて、世界の短編小説の中でいちばん好きなものは何? と訊かれて、ヴェルコールの「海の沈黙」と答える人も多いのではないでしょうか。私も、五本指に入る作品として常に頭の中にあります。Photo

 第二次世界大戦中、ナチス占領下のフランスの小さな村の家に、将校が逗留するためにやってきます。もちろん招かれてではなく、占領者として威圧的に。しかし若い将校は礼儀正しく、フランスを深く愛しており、家の主とその姪に対して畏敬の態度で接しようとします。それに対し、フランス人家族は沈黙で応えます。Photo_2

 ドイツ人将校は、夜の決まった時間に沈黙した家族の居間に降りてきて、少しずつ熱い胸の内を語りだします。彼は、フランスの魂、特に芸術、文学へどれほど深い敬愛の念を抱き憧れてきたか、熱っぽく語ります。そして戦争は望むものではなく、理想への途上なのだと、その葛藤を夢へ向けて解消しようとする切ない思いも弁じたてます。

 彼が熱く語るほど、フランス人家族の沈黙は深く頑なになるようでもあり、敵ながらこの将校にはフランスの魂に届く思いがあると、心開きかけるかのようにも揺れ動きます。その微妙なあやが、小説でも映画でも実に繊細に表現されています。短い作品の中でも、この制圧と抵抗との力関係の中で、人間の計り知れないほどの深く微妙な心模様が描き出されているところが、人の心を深く打つのではないでしょうか

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映画「ラブリーボーン」ピーター・ジャクソン監督、シアーシャ・ローナン主演、アリス・シーボルト原作//「鏡の中のマヤ・デレン」マルセル・デュシャンやアナイス・ニンからも注目された前衛映画の女神

映画「ラブリーボーン」ピーター・ジャクソン監督、シアーシャ・ローナン主演、アリス・シーボルト原作//「鏡の中のマヤ・デレン」マルセル・デュシャンやアナイス・ニンからも注目された前衛映画の女神

 今注目している映画が二つあります。一つは、「ラブリーボーン」ピーター・ジャクソン監督です。困難なシテュエーションの中で、死者の視点から描く壮大なファンタジーと幻想画像が話題になっています。誰も見たことがない世界をどのように表現するか、監督も相当苦しんだそうですが、果たしてどのように仕上がったか楽しみです。

 もう一本は、「鏡の中のマヤ・デレン」。マルセル・デュシャンやアナイス・ニンからも注目された前衛映画の女神と評されていますが、どんな発想の持ち主なのでしょうか? ドキュメンタリー形式の映画らしいですが、独特な発想の姿を追っていくのが楽しみです。

ラブリーボーンの原作

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映画「バーディー(Birdy)」(アラン・パーカー監督)の鳥へのピュアな感覚を思い出して

 アラン・パーカー監督の映画「バーディー」に込められた鳥へのピュアなこだわりを思い出して、久しぶりに見てみた。十数年来も、折に触れて甦ってくるものがあった。

 年月を経て、記憶が濾されて、心に残っていたものと、実際の映画がすっかりずれてしまっているのも、興味深いことだった。なぜか私の記憶からは、登場する二人の親友がベトナム戦争で深い痛手を負った青年である部分はすっかり飛んでいた。私の中に濃く残っていたのは、主人公の青年の鳥への強い執着だった。それが、鳩の群れの羽根の温もりとして、感覚的に記憶に染み付いていたようだ。そこまで、この作品に説得力があった証しでもあるのだろう。

 再び見て、製作者の想像力に富んだ鳥への思いの断片が、幾重にも重ねられた詩情の豊かさを感じた。激しい精神の起伏もあるが、その間に挿入される情景への気配りと描写は意外に繊細である。とくに、カナリアを巡る青年との関わりの部分は、他には決してありえないだろう。

 青年の鳥への熱い思いは、自分も鳥であるという観念にまでとっくに高まっており、鳥のように飛びたいというあくなき試みにまで発展していく。それだけでも、狂気の天上に迷い込んでいく契機は十分に含まれている。ベトナム戦争による精神的外傷が、青年を緘黙の狂気に追いやったという筋書きがなくても、強い説得力はある。私の中でも、自ずと純粋な鳥への思いの部分が残ったのも、そんな編集の力が無意識のうちに働いていたのだろう。

 また新たな発見とともに心に染み付く一作となった。

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翼のない天使

 ナイト・シャマランの「翼のない天使」をヴィデオで見ました。神様を探す少年に託された、見えない世界、彼岸の世界への一貫したシャマランの探求を深く感じさせる作品でした。最も厳格なアメリカのキリスト教学校の中で、神様をあまりにも真摯に探す余り、東洋的な神秘の世界にも触れ、少年の周りで文化的な衝突が展開されるのは、現代の世界の人々が直面している問題を象徴しているようで興味深い場面でした。インド系のシャマランが、アメリカ社会の中で、先鋭に浮かび上がる思いを体現した作品と感じました。

 「シックスセンス」「ヴィレッジ」にも貫かれた主題を深く感じました。

幻想画家ユージンhttp://homepage2.nifty.com/yujin-koyama/index.html

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多重人格のサスペンス

 映画「迷宮の女」は、多重人格という近頃ではありふれた素材を扱いながら、複雑かつサスペンス仕立てになっているところが興味深かった。凡庸に陥るまいと、懸命に(それこそ登場人物のナーバスな刑事さながら)構成しようとしている熱意が伝わってくる。意外などんでん返しのラストは、「どうだ、この技を見たか!」と言いたげだが、その分、ちょっとという感じだった。

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